第5話 期待してない
なぜかわからないけれど、それからずっと桐生さんと私はふたりで話していた。
私の前の席には誰もいないし左側は出入口で席はない。さっきは川本さんが強引に座ってきただけで、今は右側に桐生さんがいるだけだ。
彼の向こう側では、みんな楽しそうに会話して盛り上がっている。
私たちふたりだけ、まるで蚊帳の外……。
不思議に思いながらも、少し小腹が空いてきた。
少し離れたところにあるサラダを取ろうとして腰を浮かせる。
「俺が取るよ」
さっとサラダボウルを引き寄せ、桐生さんが小皿に取り分けてくれた。
「はい」
爽やかな笑顔とともに差し出されるサラダ。
その無駄のない動きに目を奪われる。
……な、慣れてる?
「ありがとうございます」
素直に受け取り、ぺこりと頭を下げる。
彼はにこりと微笑んで、
「俺も食べようかな」
自分の小皿にもサラダをよそい美味しそうに口に運んだ。
私も一口、ぱくり。
「……おいしいっ」
新鮮な野菜に、クリーミーなドレッシング。
これは、いける。私好みの味だ。
「ね、おいしいよね。そういえば、ここの料理って結構評判いいんだよなあ」
嬉しそうに話しかけてくる彼に私は小さく愛想笑いを返す。
さっきからやけにフレンドリーだけど……。
会社では、ほとんど話したことないよね?
というか、こんな人だったんだ。もっと無口でクールなのかと思ってた。
だって会社では、あまり笑顔を見せないし。
女性社員に対しても冷静で、変に浮つくこともない。人気があってモテるのに、それにおごる様子もなかった。
まあ、慣れてるってことなんだろうけど。
「あのさ、さっきの話なんだけど……」
探るような視線を向けられて戸惑う。
さっき? なんだっけ。
「彼氏いないって、本当?」
なんだ、そのことか。
「はい、いませんよ。いけませんか?」
さっきも思ったけど……なんでそんなに気にするんだろう。
二十六歳の女性に彼氏がいないのってそんなにおかしい? それって、偏見だ。
「そっか……」
「なにか?」
少し棘のある言い方になってしまった。
すると、桐生さんが慌てたように首を振る。
「あ、いや。ごめん。変なこと聞いて」
そう謝って、一呼吸おいてからまた口を開いた。
「えっと、望月さんっていつも就業後すぐ帰ってるけど、何かやってるの?
趣味ってなに?」
なんでこんなことばかり聞いてくるんだろう。
私は訝しげに彼の顔を見つめた。
「あ……えーと、聞いてばかりで失礼だよね。
そうだ。俺は動物が好きなんだ。犬を飼ってる」
その言葉に思わず反応してしまう。
「犬、飼ってるんですか?」
急に食いついた私を見て桐生さんがふっと頬を緩めた。
「まだ飼い始めて半年だけど。可愛いよ」
にこりと笑ったその顔が意外にも幼く見えてドキッとする。
イケメンって、笑うだけで破壊力がすごい。
……いや、それより。
「どんな子ですか?」
前のめりになって聞いていた。
なにを隠そう、私は大の動物好きだ。特に犬には目がない。
「トイプードルだよ」
そう言って桐生さんはポケットからスマホを取り出し、犬の画像を見せてくれた。
「か、かわいい~」
画面に釘付けになる。
ふわふわの薄茶色の毛に包まれた、小さな子犬。まん丸な目がきらきら輝いていた。
今すぐ、抱きしめたい。
「よかったら、今度見に来る?」
さらりと自然な流れで言われた。
「え! いいんですか?」
考えるより先に言葉が口から出ていた。
けれど、ふと我に返る。
……待って。今のって、どういう意味?
じっと見つめると、彼と目が合う。
「えっと……」
桐生さんは視線を彷徨わせ、少し言葉に詰まる。
「あー! さっきから二人で何してるんですかあ?」
背後から顔を覗かせたのは、私を合コンに誘った佐々木さんだった。
頬をほんのり赤らめ、ジト目でこちらを見る。
その目には見覚えがあった。
――しまった。
桐生さんと話しすぎたかもしれない。
佐々木さんは、桐生さんに向かって甘えるような声を出した。
「ね、桐生さん。今度は私とお話しましょうよ」
そう言いながらそっと彼の腕を取って寄り添う。まるで恋人みたいに密着していた。
うわっ、大胆……。
私には一生無理だ。というか、そもそもそんなことをする相手がいない。
「え? ああ、そうだね」
桐生さんは一度こちらに視線を向けた。
けれど、すぐに佐々木さんの方へ顔を戻す。
ほんの一瞬の表情の動き。
それだけでわかってしまった。
桐生さんは、私に「ごめんね」と言ったのだ。声にしなくても伝わる。
私は昔から、人の気持ちを察するのが妙にうまかった。
常に顔色ばかり伺ってきたせいで、そこだけ鋭くなってしまったみたいだ。いいのか悪いのか……。
自嘲気味に笑いながら彼からそっと視線を外す。
それにしても、桐生さんっていい人だな。
私のことなんて気にしなくていいのに。さっきまで話してくれていたのも、きっと優しさからだ。ひとり取り残される私を気遣ってくれていた。
そういう子を、放っておけない性分なんだろう。
だって、あの桐生さんだよ。
人気もあって、仕事もできて、非の打ちどころのない男性が。
私なんかを相手にするわけがない。
それに、どうやら佐々木さんが狙っているみたいだし。私は遠慮してひとりで過ごすとしよう。
そう決めて、残りの時間は端の席で静かに食事に集中した。
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