『風のあとに残るもの』
とりあえず読んでみてください。
Ⅰ
春の終わりの午後だった。
白い花が、風にゆれていた。
その小径のほとりで、私はふと立ちどまった。
ほどけぬままの記憶が、胸の奥で音もなく揺れていた。
Ⅱ
ひとつは、やわらかな風の記憶。
もうひとつは、その風に背を向けた日のこと。
どちらも、私のなかにあり、
どちらも、名を呼ぶ前に、風のように過ぎていった。
Ⅲ
水面に映る空は、ほんとうの空よりも澄んでいた。
私は、その澄んだ像に支えられていた。
それが、ほんとうでないと知りながらも。
Ⅳ
陽が傾きはじめると、
その澄んだものも、ゆらぎはじめる。
私はまた、ひとつの椅子に、ふたつの影を見る。
Ⅴ
ひとつは、私の影。
もうひとつは、
かつて私だったものの、淡い余韻だった。
読んでくださった方々、ありがとうございました。




