メロディの火種
掲載日:2025/11/21
小説の種なんて、今日は何ひとつ思い浮かばない。
その空白を持て余すように、私はイヤホンを取り出し、スマホの音楽をランダム再生する。
画面の奥には、気まぐれな星座のように無数の曲が散らばっている。
意識して聴き込んだ曲もあれば、ずっと前に埋もれて忘れていた曲もある。
指先ひとつで、その星々が順番を変え、思いがけず光を放つ。
最初の一音が落ちた瞬間、空気がほんの少し揺れる。
「あ、この人、こんな歌も歌っていたんだ」と驚きを拾ったり、
「やっぱりこの曲は沁みる」と胸の奥がゆっくりと解けていく。
しんとしたメロディが流れ込むと、体温の下で何かが反応する。
言葉より早く、皮膚が微細に震える。
鳥肌が肩口を走り、忘れていた記憶の欠片が、おでこの下でそっと息を吹き返す。
その小さな振動が、やがて形を持とうとして脈打つ。
光景でもなく、まだ言葉でもないものが胸の奥に灯る。
それは火種のように静かで、触れれば消えてしまいそうで、それでも確かに温かい。
創作の始まりは、いつもこの熱だ。
説明よりも先に生まれる、名もなき光。
掌の内側でゆっくりと燃えるその一点が、
まだ見ぬ物語の最初の一行を、そっと照らし始める。




