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私の輝かしい20年計画

作者: 里見 知美

異世界なので時代設定は曖昧です。

魔力はありますが、魔法はない世界です。

「愛する人よ、20年だけ待っていてくれないか」


 王太子フィリップの吐き出した言葉に、カレンは危うくお茶を噴き出すところだった。


「はい?」


「私はこの国の王太子だ」


「え、ええ、それは存じておりますが」


(今、愛する人よって仰ったの?この方)


 カレンは首を傾げたが、話し出した王太子は止まらない。ひとまず話を聞いてみることにした。


「王太子ということは、次世代の王である。王の仕事は、この国を富ませ、和平を導き、次世代に繋げていくことであると信じている」


 言ってることは尤もらしく、素晴らしいが。


 壁際に立っている侍女たち侍従たち、そして側近たちは皆ギョッとした様子で、王太子を凝視していた。


 誰も予想だにしていなかったことをこの王太子は口走っているようだ。


「私は3ヶ月後に政略で結婚をしなければならない。この国の繁栄のためにも、たとえ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、この結婚は免れないのだ。そしてこの血を未来へと繋げていかなければならない」


「素晴らしいお心構えだと思いますわ、殿下」


 これから結婚する相手に「全く愛する気持ちがない」なんて心の声がダダ漏れになっているのを除けば、だけれど。


「うむ。わかってもらえて嬉しいよ。そこで、私は考えたんだ。20年。20年あれば、私の計画はおそらく完璧となる。それまで待っていて欲しいんだ」


 「……その、20年の計画と仰るのは?」


 実は、我が国の王太子には、あまり広めたくないあだ名がある。


 計画倒れのフィリップ。またの名を夢見の王子(フィル・リヴォン)と陰で呼ばれているのを、王宮の人間なら大抵知っている。彼は昔からちょっと夢見がちな王子で、たいそうなことを考え時間をかけて計画を練る。


 それはそれで微笑ましいというか、理想が高くて素晴らしいことだとは思うのだが、いかんせん現実味がない。


 例えば、今年は雨がよく降るから、水田を作ろうと言い出す。その時の彼の中では雨=水という方程式ができていて、そこからなぜか水田に繋がるのだが、その過程が抜けているのだ。


「今年は雨が降る日が多いけど、来年はわからないですよね。水田の水はどこから引くのですか?」と聞いても、「え?雨は空からに決まってるよね?」と返ってくる。水田を作ると、その後の使い道がない。米はあるけれど、主食ではないし、そもそも我が国では、山が多い割にそれほど水が豊富ということもなく、川から引けばどこで自然災害を引き起こすかわからないため、土地改革も控えめなのだ。技術開発者がいればそれも変わるのかもしれないが。


 あの花は血のように赤いから、赤いドレスを作ろうと言い出した時は、どこからドレスが出てきたのかと頭を捻った。花びらが風に揺れる様子がドレスの様だと思ったのだろうか。血染めのドレスなんて着たい人がいるのだろうか。


「あの花は確かに赤いですけど、一輪の花からは爪の先ほどの絞り汁しか取れません。ドレスを作るほどの布を染めるには花畑が必要になりますよね?国をあげての事業展開にしますか?」と具体案を示せば、「その辺は任せるよ」という始末。どこかの国には、きっと彼の言うことを理解して、何か事業を立ち上げてくれるのかもしれないが、残念ながら我が国では、また夢みたいなことを言ってるよ、で終わってしまう。


 小国家であるこの国は近隣国と助け合っていかねば、産業も事業もなかなかに難しい。だからこそ、今回の隣国との婚姻の話もお相手に多少の問題はあるにしろ、旨味が多いため了承したのである。隣国は産業が盛んで、専門家も多いと聞くし、王女アイヴィは癖があるものの、なかなかの切れ者で事業提案には一定の評価がある。フィリップと似ている様で、こちらは夢想家、あちらは実際家なのだ。とりあえず、結婚し子は作るということに反論はない様なので、多少の我儘は致し方ないと思っていた。


 だから、その20年計画とやらも、おそらく色々すっ飛ばした無理無理な計画なのだろうけれど、王太子の言うことだからとりあえず聞いてみる。



「よくぞ聞いてくれた。まず、私の結婚は愛のない結婚であることは間違いないのだが、国のために子はもうけねばならない。男子が二人ほどいれば、重臣たちの誰も文句はないだろう?そうすれば父上も母上も安心して私を王に指名するだろう。私が王になり、子供達が王子教育に入る頃。つまり、およそ5年から10年後だが、王女アイヴィとは離婚をする。理由は、なんとアイヴィの浮気だ。

 あの女は男好きで色々問題を起こし、国元では結婚ができないと噂に聞いた。だからと言って、なぜ私が犠牲にならねばならぬのか、と言いたいところだが、まあ、それは国のためだと諦めるしかない。向こうの国の方が経済力も武力も上だから、父上は何も文句を言えぬのだ。そこは王子として理解しているつもりでもある。だが、結婚後、子供ができた後ならば、すでに私の責務は果たしているはずだ。

 アイヴィも、その後なら好きな男を取っ替え引っ替えすればいい。それなりに見た目のいい、金持ちの男を当てがい、証拠を握る。本来ならば、王妃の浮気は重罪なので死刑となるところを、王子を二人もうけた温情で本国追放とするから、その男とどこへなりと行けば良い。

 そしてほとぼりが冷めた頃。つまり離婚の後、約10年後、君と私は寄りを戻すのだ。健気に私フィリップを慕い待ち続けたカレンと再婚をする。その頃には私の子供も立太子を終え、後継には問題もないし、私の再婚に対しても誰も文句は言わないだろう。君には長らく待たせてしまうことになるが、必ず幸せにすると約束しよう」


 だから、余裕を見ての20年計画なのだ、と王太子はドヤ顔で2本指を立てた。


 頭が痛い。私はこめかみをぐり、と押さえた後。正直に突っ込むことにした。


「殿下。まず、お子というものは、授かりものでございます。ゆえに、男が欲しいから男を産めというのは無理があり、男女どちらが生まれるかは、天の神にもわからないでしょう。女児が生まれたら、いかがなさるおつもりでしょうか。

 次に、アイヴィ殿下の浮気を理由に離婚、ということですが、それは浮気を推奨するということでしょうか。もし殿下が国王となり、その浮気を黙認了承していたのであるとすれば、それこそ問題がございます。殿下は浮気をされ逃げられた夫となり、妻の手綱も握れない甲斐性の無い王と見做され、王位を追われることになるやもしれません。隣国に弱みを握られることも避けるべきですわね。

 そして最後ですが、今から20年後にわたくしとヨリを戻すというのはどういう事でございましょう。わたくしはフレイヤ公爵家のマルセルに嫁ぎ、フレイヤ小公爵夫人となっておりますので、殿下の再婚相手としては不都合がございますし、夫と離縁するつもりもございません」


「……は?」


「それと、長い付き合いとおっしゃいますが、そもそもわたくしは殿下の婚約者様であるアイヴィ王女殿下の友人として王宮に訪れる様になって半年でございます。誤解される様な言い回しはおよしになってくださいまし」


「何を言っているんだ、カレン。私と君は婚約者同士ではないか」


「それこそ、お戯れを。カレンは私の妻であって、殿下の婚約者であった事実はございませんよ」


 そう告げたのは、カレンの夫であり、フィリップの側近であるマルセル・フレイヤ公爵子息。ずっとフィリップの後ろで、殺気立っていた男である。流石に我慢しきれなくなったと見えて、ささっとカレンの手を取り隣に並ぶ。


「黙って聞いていれば、なんとまあ、いつにも増して荒唐無稽(ドリーマー)な計画を立てたものですね、殿下」


 言葉使いはまだ丁寧であるけれど、怒りのため、アルカイックスマイルで目がギラギラしているマルセルを見るのは久しぶりである。そういうカレンも割とキレそうになって、こめかみがピクピクしているのだが。侍従と侍女は息を顰め、壁のシミになりきっているようだ。


「マルセル?カレン?」


 フィリップは目を丸くしてカレンとマルセルの顔を交互に見た。


「殿下。カレンと私は、カレンが12歳の時からの婚約者で、5年の円満なる婚約期間を経て、つい1年ほど前、婚姻を済ませた歴とした夫婦です。次期公爵となる私の妻ですよ。戯れはおよしください」


「なんだと?そんなはずはない。私はカレンが5歳の頃からの婚約者だ!」


 フィリップが信じられないという表情で立ち上がった。いや、信じられないのはお前だ、と皆が心を同調させた。


「いいえ、殿下。わたくしが12歳となる直前、およそ6年前、殿下とアイヴィ王女殿下との婚約が隣国との契約でなされ、わたくしとの婚約は白紙に戻されたのです。解消でも破棄でもなく、白紙。つまり、無かったことになったのですよ。殿下とアイヴィ王女殿下のご婚約が成立したと同時に、わたくしはマルセルと婚約をし、マルセルを殿下の側近に挙げるにあたり、既婚者という事実が必要でしたので、昨年婚姻いたしました」


 そもそも、自分には隣国の王女という婚約者ができたというのに、カレンといまだ婚約しているなどあり得ない。それも6年も前の話である。この6年、一体何をしていたのか、この男。


「それだけが理由で婚姻したわけではないよ、カレン」慌ててマルセルが付け加える。


「今はそれでいいのです、マルセル。物事は単純明快簡潔にといつもいうでしょう」こういったやりとりもいつものこと、とカレンもピシャリと言い返す。


 婚約者のいる未婚の王太子の側近には妻帯者である男性がつけられるのは、この国では当然のことである。王太子の婚約者に秋波を送っても送られても問題しかない。数代前の王太子の婚約者と側近の『愛の逃避行』事件から、法律で決められた。


 本来なら、カレンが18歳になるまで待ってからの婚姻予定だったのだが、フィリップと隣国の王女との成婚式の日取りが早まったことから、急ぎ婚姻を済ませたのである。


 王女アイヴィはとても愛らしい現在21歳の女性である。24歳のフィリップとは年頃もちょうど良い。見た目はカレンと同年くらいにも見えるのだが、自国では心に忠実で、度々人の婚約者に手を出し問題を起こしていたらしい。子を孕む様な間違いは起こしていない様だが、婚約を破談にした数は片手では足りないという。それが理由で国内で婚約者を持てず、こちらに飛び火してきたのだ。そのくせ流石は王女、口も頭も良く周り、人心掌握に長けているから、気が抜けず。ひょっとしてひょっとすることも起こるかもしれない、と国王が気を回し、マルセルとカレンの結婚を早めさせたのである。


 国王としても折角成った2大公爵の婚約を台無しにしたとあれば、王の首が飛ぶ。


 マルセルの執着はフレイヤ公爵たちから聞いて知っているから、おそらく問題はないはずだが、万が一のこともある。下手に秋波を送られて、カレンがブチ切れたら。


 幼かったカレンに王子妃教育を詰め込んだ挙句、白紙に戻してしまった事に対しての後ろめたさもあるが、カレンのストレイル公爵家は情報収集に長けており、影も操る公爵家である。彼らを怒らせるのは非常にまずいのだ。そして言わずもがな、カレンもその教育を王子妃教育と並行して行われ、今では独自の情報網を持っていると聞く。


 カレンについている影は、王子についている影の比較にもならないのだ。数もさる事ながら、その者達の実力差は明確である。壁に耳あり、天井に目あり、どうやってそんなことまで、という情報もつかんでいるらしい。おかげで王女アイヴィの情報も易々手に入れているこの現況。そんなカレンに、これでもかというほどに何重もの過剰防御力が、フレイヤ公爵家マルセルから付けられた。


 実はこの国で一番実権を握っているのはカレンじゃないか、と国王は密かに思っていたりする。フレイヤ公爵夫人自らの指導で、飴と鞭を使い分け、すっかりマルセルも調教済みのようだ。


 そして、そのマルセル率いるフレイヤ公爵家。マルセルの父ファビオもやり手ではあるが、マルセルにはやや劣る、と言われるほどマルセルの情報処理能力と人事力、カリスマ性はこの国に欠かせない。新風を巻き起こし、マルセルの携わる事業は必ず成功する。国の政策を立てても無駄がなく、彼が「できる」といったことは必ず実現できるのだ。フィリップが自分に似て凡庸なだけに、どうしてもマルセルの能力が欲しくて、粘着質のあるマルセルの欲しいものを与えることで恩を売り、王家側に就かせたのだ。


 つまり、王はマルセルがカレンに一目惚れをしたと聞いたときに、心を決めたのである。フィリップを犠牲にして、カレンを差し出そうと。そして、事態は好転した。幸い、カレンもマルセルとうまくいき、なかなかに仲睦まじい姿を見せてくれた。後は王家がカレンの手綱さえ握っていられれば。


 そのマルセルが、フィリップの結婚を「できる」と認めたのだから、王は「きっとこの先も大丈夫」とホッと胸を撫で下ろしたのである。


 マルセルは「私がカレンを裏切ることはない!」と断言していたが、結婚が早まるのに否はなかった様で、いそいそと周到に用意を済ませていた。カレンの頭の片隅に、もしかしてこうなる様に誘導したのでは?と浮かんだが、気のせいと思うことにした。


 カレンとしても、王妃に「(わらわ)だったらフィリップよりもマルセルを選ぶぞよ」とこっそり告げられたせいもある。王太子(自分の子)なのに期待度がとても低いのだけど。ちょっとフィリップが不憫に思うカレンではあったが、それより何より我が身である。


 危機感を感じたカレンは、当然マルセルにはこっそり報告し、「浮気をしたら即離婚」と言いつけてはある。幸い、マルセルは常に王太子に付き従い、行き帰りはカレンと同行しているので、王女アイヴィの毒牙からは免れているが。実は「カレンの可愛い嫉妬」とマルセルは大喜びだったりもする。


 カレンも気づいているが、マルセルの愛は非常に重い。


 王宮への行き帰りの馬車も必ず一緒だし、仕事中であろうとも、マルセルが用意したフレイヤ公爵家の侍従や侍女がカレンの補助にあたり、一時たりとも目を離すことはない。休憩時間には必ずといっていいほど、カレンに会いにきて、情報を共有し愛を囁いては仕事に戻っていく。それを知らないフィリップに驚いたほどだ。


 婚約者時代は、四六時中一緒にいた。何をするにもとにかく一緒。お茶をするのも本を読むのもマルセルの膝の上という特等席。毎日のように会わなければ夜中にでも忍び込んでくる始末で、最後の一年は、いい加減疲れ切ったカレンがフレイヤ公爵家に住み込んでいたほどである。早々にフレイヤ公爵夫人に『夫を手のひらで転がす方法』の指南書を渡されたので、実践している。上級レベルのキャンドルとハイヒール、ムチと革紐はまだ試していないものの、閨の指導が入れば使うことが出来るらしい。ちょっと楽しみにしているのだが。


 閑話休題。


 フィリップとの婚約が白紙になり、公爵令嬢のカレンのお相手探しは急を要した。まだ12歳のカレンに持ち込まれた釣書は山の様に高く積まれた。上は30歳から下は5歳まで。白紙に戻されたとはいえ、王太子に捨てられたのだと一部の貴族からは蔑まれ、下級貴族からの申し出や後妻の申し出なども数多くあった。カレンには兄がいて公爵家を継ぐ予定でいるのに、婿養子に入りたいなどという不届き者も多く、ストレイル公爵家としてははらわたの煮え繰り返る思いでもあったが、そういった低俗な輩の名前は全て控えてある。忘れた頃に倍返しをしてやるためだ。


 そして、そこへフレイヤ公爵家の嫡男マルセルからの申込に、カレンの実家は一も二もなく飛びついた。


 マルセルもカレンも公爵家の出身である。マルセルは長男で次期公爵の地位を確立していたし、フィリップの側近候補にも挙げられていた。その当時、フィリップの婚約者であり、次期王太子妃として王宮で顔見せをした時、マルセルはカレンに一目惚れをした。


 カレン10歳、マルセル15歳の春である。


 ふわふわした妖精の様な薄桃色のドレスも、蝶の髪飾りをつけた光に溶ける様な金髪も、マリンブルーの瞳も。全てがマルセルの理想を具現化したような少女にマルセルは骨抜きにされたのである。フィリップはあの通り、子供の頃から夢見がちな子供で、カレンはシラーッとした目でフィリップを見ていたのが印象的だった。だからこそ、「いける」と思ったマルセルは悪くない。と思う。


 以来、マルセルは婚約者は作らず、虎視眈々と隙を狙っていたのだ。その様子を知っているのは、マルセルの両親とカレンの母親そして国王のみである。うちの子、ねちこくてごめんなさいね、とマルセルの母はカレンの母にこっそりと告げた。でも手に入れたら絶対に幸せにするし、浮気なんてしないからお手ごろよ、との言葉も添えて。実際、フレイヤ公爵夫妻は結婚から20年経った今でも新婚の様な濃密度で有名であった。



 そんなわけであるからして、ベッタベタの甘々なマルセルの浮気などカレンは微塵も心配はしていない。心配はしていないが、勝手に近づいてくる蛾のような女には腹が立つ。


「マルセルに手を出す様なら、わたくしが相手になるわ」


 と握り拳を振り翳しているのを見た影や侍女も、もちろん共に拳を掲げた。カレンだってマルセルの執着を受け止められるほどには、それなりにマルセルを溺愛しているのだ。





 ともかく、フィリップの20年計画は頓挫した。自分の妃を貶めてもその後に続くものがなければ、フィリップは幸せになれない。「最後に笑うのは私だ!」がしたかったのに、それができないのでは離婚しても意味がない。


 一応、自身の父である国王にも伺いを立てた。カレンはもう私の婚約者ではないのか、と。


「当たり前じゃ、ボケが」


 とは言われなかったが、まあ似た様なことを言われ、マルセルにもカレンにも、手を出せば国がなくなると思えと脅しをかけられた。


 そして今更ながら悟ったのである。


「私の存在意義は、子種だけか」と。


 意気消沈したフィリップは、おとなしく3ヶ月後に隣国の王女アイヴィと婚姻した。そしてせっせと子種を吐き出して子作りに励み、めでたく二人の王子にも恵まれた。年子であるからアイヴィも頑張った。フィリップと同じ赤毛の長男とアイヴィによく似たストロベリーブロンドの次男。二人とも王家の瞳、ロイヤルブルーを持っている。


 赤子の頃はアイヴィも子供たちと戯れ、一緒に寝て母乳をあげたりしていたが、長男が3歳になる頃には興味をなくし、王妃として公共事業に精を出すようになっていった。


「カレンちゃんに任せておけば全てオッケーよー」


 なんて軽い言葉で、同じ頃母になっていたカレンに乳母を任命し、カレンが母親代わりとなって教育を施していったため、王子たちは漏れなく常識的に育っているようだ。たまにフィリップが訪れると、必ずマルセルが現れ、カレンのそばに付き纏うのを見て、いい加減フィリップもカレンを諦めた。フィリップは本来諦めがとても早いのだ。


 ただ、今回はちょっと尾を引いたが、それも己の20年計画を完結させたかったからというのもあった。


 それに子供たち二人に「カレン夫人」に付き纏う色ボケ王と思われたくもなかったともいう。何せマルセルが、『王子たちの乳母は私の愛する特別な妻だから、「ばあや」などと冗談でも呼んではいけないよ、カレン夫人と敬愛を込めて呼ばなければどうなるかわかるね?』などと笑っていない瞳でコンコンといって聞かせているのを耳にしたので。


 危険視していたアイヴィは、二人から何かを感じたのかマルセルには近づかず、たまにフィリップと、大体はその他大勢の近衛や、どこぞのデザイナーや建築家、政治家、事業家などと会食やパーティを重ね、視察に赴き、国民のアイドル化した王妃になっていった。これはマルセルも予想外のことであったらしく、世間がうまく機能しているのならと、ダンマリを決め込んでいた。


 なんやかんやと妻であるアイヴィにも煽てられ、丸め込まれ、案外()()()()()()()()()気がするとフィリップが思い始めた頃。


 気づけば、計画していた20年が過ぎていた。


「あの頃そういえば、20年計画を立ててやる気満々だったなあ」などと感慨に耽っているところで、重大な事件が発覚した。


「王子二人が私の子ではない、だと?」


 20年経った今、フィリップは44歳である。人生50年と言われた時代、魔法学、医学が発展しつつあり、人生60年ちょいくらいまで伸びたため、未だに王の座を有していたものの、そろそろ王太子である息子も二十歳になるし、婚約者はカレンとマルセルの娘で未来は安泰だし、後5、6年くらいで彼らに後は任せて、アイヴィとのんびり旅行でもしようかな、などと考えていたのだが。


 20年も経てば、色々な検知器も発達する。第一王子が立太子するにあたり、王族鑑定をしたところ、なんと鑑定適合者がフィリップではなく、王弟、つまりフィリップの叔父だったと判明した。まさか、と思い次男も鑑定したのだが、これも王弟が父親であると出た。魔力紋、血液型、毛根から親子関係は九割とされ、フィリップとの親子関係は三割を下回った。


 王弟は、数ヶ月前、御年55歳にて持病といっても支障はない性病が悪化して、死んでいるところを発見された。王家の恥になるため病死として提出し、現在喪に服している最中のことであった。その王弟、実は初めてがアイヴィだったのである。厳格に生きてきた王族としての矜持は、歳を取ってからの快楽で狂わされ、狂乱の宴を繰り返した挙句、性病を何処かで拾ってきたのである。





 起業家との視察から戻ってきたアイヴィは、早速尋問を受けた。


 そこで吐き出された数々の言葉に尋問官もフィリップも空いた口が閉じられなかった。


 最初は王様(フィリップの父)にちょっかいをかけたところ、王妃に毒を盛られそうになったため、慌ててそれを回避し、代わりにたまたま来ていた王弟に粉をかけた。自国で色々な婚約者のいる男に手を出したことで散々な目に遭い、追い出される様に嫁いできたアイビーは、宗旨替えをして枯れ専になったのだ。妻を亡くした者、全くお互いに興味のない妻帯者、寡夫、独身貴族など、さまざまな中年に手を広げた。


 結婚には興味ないけど駆け引きが楽しい、と前進的な意見をさらっと述べ、皆を唖然とさせたのである。結婚はフィリップとの一度だけで十分だし、と付け加えた。


「子供産まないと婦人病になるらしいし」


 自国ではそれが当然の様に教育され、貴族令嬢の早い婚姻が推奨されていた。妊娠は20代前半がベストと聞き、フィリップと励んだのだが、同時進行で王弟とも楽しんだ。フィリップのは独りよがりで単調でつまらなく、その点、王弟は冒険をした、という。とても言葉では言い表せない様な体勢で王弟をアハンと言わせ、できた子供はどちらにも似ていたから、まあいっかと思ったのだと。


「二人も産めば私の責務は果たしたわよね?」


 いつかどこかで聞いた台詞が、アイヴィの口から放たれてフィリップはびくりと体を震わせた。


 結論から言って、アイヴィの子供は、どちらも王族の血を引いている。フィリップではなかったが、立太子には問題ないと議会で認められたのである。今更フィリップに子作りを励めというのも、酷であるからして。



 とはいえ、流石にアイヴィは王国で王妃として認められず廃妃とされ、自由になった身で、青年実業家とともに喜んで旅に出た。三つの国を渡ったところまでは報告されたものの、その後の足取りは知られていない。


 残されたのはフィリップである。王妃に単調でつまらないと貶され、托卵された雛を見守ってきた。あまり父親らしいことをしたこともなかった。カレンとマルセルに任せきりで、フィリップは夢想を議会で披露し、ちゃんと王としてやってると自己満足していたのだが、評価は芳しくなかった。


 結局、長男が21歳になった時点で王位を譲り、一人静かに離宮へと向かった。


 だが、カレンやマルセルが度々訪れ、孫たちを連れてくる様になると、一人静かに余生を過ごすというわけにはいかず、以前の夢見がちなフィリップに戻り、孫たちと遊び、釣りを楽しみ、空想の話で盛り上がり、物語を作って聞かせた。


 のちに「ダンジョンと白竜」の物語や「紫陽花とピクシーの冒険」などと言った子供向けの小説を書き、後世にフィリップは王としてはイマイチだったが「偉大なる夢想作家、フィル・リヴォン」として名を馳せた。


 老齢になり、かなり長生きをしたフィリップは75歳で逝去する直前まで、「私の輝かしい20年計画だったはずなのに」とこぼしていたという。



読んでいただきありがとうございました。誤字脱字は気をつけたんですが…。出てくるだろうなということで、職人様方、よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
リヴィアが好き勝手した挙げ句大してバチも当たって無くて腹立つなあ
投稿感謝です^^ 破天荒にして切ないハッピーエンド?でした^^; 特にフィリップについては『誰がための幸せ』とでも言いたくなるビターなもの(T_T) 善良な無能者が策士な周囲に転がされていただけとは…
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