009.学校入学編-6
翌日、加藤はすでに席についていた西園へ本を返した。
「これ、ありがとう。お前の名前知らないけど、お礼は伝えとく」
「西園だ、端くれ」
「俺は加藤だ」
「はぁ……分かったからさっさと席つけよ。担任、来てんぞ」
西園が指差したのは加藤の後ろ。出席簿を持った田崎が冷たい目で見下ろしていた。
「座れ。遅刻にすんぞ」
戻った加藤を確認して田崎は適当に出席確認していく。
「はい、休みの奴だけ名前言って」
「中村です」
「アイツ、今日もか?」
「今度はつぶ貝が当たったらしくて」
「……秋山、今後アイツに貝類食べさせんな。はい、じゃあ今日も頑張っていこう。じゃあ俺は戻る」
田崎のHRはいつも短い。端的に必要なことしか聞かないからだ。教室はいつもの騒がしさに元通り。ただ、昨日より人は二人ほど多かった。
「おい、佐藤。俺達凄い見られてる……」
横に座っている佐藤に小声で声をかける加藤の目線の先には一ノ瀬兄妹が居た。
「特に喋りかけるわけでもなく、近寄ってくるわけでもないけど何の用?」
痺れを切らした佐藤は端の二人にも届く声で対抗するように、少し口調を強くした。
「お前、喧嘩になるぞ。俺は何も言ってないからな。巻き込むなよ」
「卑怯か、お前! 加藤から言ってきたんでしょ!?」
「誰、アンタら」
「それはこっちのセリフ」
妹の方、一ノ瀬鴈婀も大分目付きが鋭い。だから、対抗するな佐藤。
そんな妹とは裏腹に兄、一ノ瀬氷呉は興味なさそうに目を逸らした。不思議そうに彼を見つめる加藤に斜めの席から春日が声をかける。
「あの二人は兄妹なんだよ! 一ノ瀬氷呉くんと一ノ瀬鴈婀ちゃん! 氷呉くんがお兄ちゃんで鴈婀ちゃんが妹ね!」
「あの人達って昨日居なかったですよね?」
「まぁ、氷呉くんが出席することはほぼないからね! 鴈婀ちゃんは結構居るよ!」
「春日、うるさい。私のことは良いけど兄さんについて知ったような口を聞くな」
「ちょっとお兄さん愛が強いから気を付けて!」
「ちょっとで済みそうにないんですけど。加藤です。よろしくお願いします」
「兄さんが認めない限り私はよろしくするつもりなんてないから」
「大分愛強くないっすか、あの人」
「大丈夫。私は兄さんが認めてもよろしくしないって言われたから」
「嫌われてんじゃねぇか、お前」
どうやら佐藤は鴈婀と馬が合わなかったらしい。加藤を元気付けるように笑う顔にしては口角は歪んでいた。
当人同士仲が良くはないが、守護神達は久し振りの再開に嬉しさを隠せないでいた。現にヘーメラーはレアーに駆け寄り、抱きついている。
「レアーさん! ずっと居なくて寂しかったです」
「可愛ええのう。ワタシもヘーメラーと会えること楽しみにしておったぞ」
ほのぼのとしている会話だが、加藤は誰かに睨まれている気がしてならない。斜めを見れば鴈婀と目が合った。
「何? こっち見ないで」
「あっ、すいません……」
「鴈婀? 威嚇しない。アンタの目、鋭いから怖がられるよ。そんなんじゃ、友達作れないけどいいの?」
「冬月さん? 事実だけどそんなに言わないで?」
「あぁ、ごめんごめん。事実を全部言ってしまった」
「結構取っつきにくい人かと思ってましたけど、案外普通の人ですね。不良とかじゃなくてよかった」
「何、加藤貴志。私は友達にしか優しくしないから」
「ごめん、佐藤。俺やっぱ無理だわ。不良怖い」
「こっちに振んな」
加藤の声に振り向いた佐藤はそういえばと言葉を続け、思い出すように問いかける。
「中村って人ずっと休みじゃん? アンタの友達に居なかったっけ、そんな名前の人」
「紘一か?」
「いや、下の名前は知らないけど」
「昨日から休んでる中村の下の名前も紘一だぞ?」
二人の会話を聞いていた秋山から有力な情報が入った。まさかこんな世界で親友と再会できる可能性があるとは、夢にも思っていなかった。加藤の表情は少し緩んでいた。
中村が亡くなったあの日から、彼はずっと後悔して、泣いて、苦しんだ。自分の無力さに絶望したような、そんな光景。
「会ってみたいな、中村って奴に」
「まぁ、多分次来るのは明後日の社会科見学からだろうけどな」
「サボりかよ。はぁ、紘一と似てんな」
「その親友じゃない可能性もあるから、その時は悄気ないでよね?」
「水を差すようなことを言うんじゃないよ、お前は」