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0-start  作者: 來巳 日咲
社会科見学編
18/18

017.社会科見学編-8



 職場体験開始からちょうど五日が経ち、加藤たち三人は日々の訓練と巡回に慣れつつあった。

 また、最初の異常存在との接触で生き延びたことで、彼らの間にはある種の連帯が生まれていた。

 とはいえ、慣れとは恐ろしいもので、加藤は今日も別の意味で震えていた。


「レポート課題、まだ終わってない……俺、観測報告書を十五行も書かなきゃいけないのに、まだ三行……」

「うるさいよ、加藤くん。昨日も宿題がーって泣いてたじゃん」


 夏目は床に座り込みながら、ポテチをかじっている。勤務中にもかかわらず、靴は脱ぎ散らかされ、完全にくつろぎモードだ。

 そして加藤の横では氷呉は黙々と端末に何かを打ち込んでいた。


「明日、γ-05区画の再調査入るぞ」

「え、マジで……? γ系とか……また出るんじゃないの!?」

「霧の濃度が基準超えてるからなァ…、たぶん出んぞ」

「うわああああああ!! 俺、今日で辞める!!」

「職場体験だろーが。辞めるほど働いてねぇよ、アホ」

「何か当たり強くない?」


 そんな日常の中、ふと警報のような音ではなく、妙な耳鳴りが加藤の中に響いた。音は頭に干渉し、芯がきゅっと締めつけられるような痛みが走る。


「う……あれ、なんか気持ち悪……」


 額を押さえて蹲った加藤を見て、夏目と氷呉がすぐに駆け寄った。


「加藤くん?」

「……霊障反応か?」

「わ、わかんない……耳の奥が響いて、なんか……声、聞こえた気がする……」

「声?」


 加藤は震えながら口を開いた。


「境界が崩れるって……誰かが、言ったような……」


 その言葉を聞いた瞬間、氷呉の顔が強張る。それは夏目も同じだったようで、二人は目を見合わせた。


「夏目。区域スキャン確認しろ」

「おっけー。……あー、マズいかも」

「は?」


 夏目がモニターを指差すそこには……完全なる異常値。

 霧の濃度、観測される歪曲率、空間の座標値。どれも逸脱のラインを超えていた。


「γ-05区画、急激に異常化してるね〜。虚界の波動、観測データの閾値越えだぁ」

「加藤の反応……まさか、共鳴か?」

「え、えっ、俺!?」


 そこへ雲居が部屋へ飛び込んでくる。


「おい、お前ら! γ-05の境界が崩れかけてる。最低限の調査員と交代で入るぞ」

「指導官、僕らも行くんですか!?」

「行く。……ただし、今回は加藤、お前が鍵になる可能性がある」

「なんでぇぇぇえええ!?」


 現場へ向かう中、加藤は状況を整理できないまま頭を抱えていた。


(俺、何か……反応してる? 共鳴ってなに?)


 現場に着くと、すでに霧が厚く立ち込めており、視界は三メートル先も危うい。

 耳鳴りが強くなる。加藤にだけ周囲の空気が震えて感じられた。


「加藤、前に出ろ」

「えぇっ!?」

「お前だけが感じられる何かがあるなら、それに従ってみろ。俺たちがサポートする」


 怖い。そんな感情が加藤を包んでいた。だがやがて覚悟を決めると、加藤は少しずつ前に出る。そして、ふと霧の中に誰かの気配を感じた。


「誰……?」


 声をかけると、そこにいたのは人影のような、ただの闇だった。形が曖昧で、顔もない。ただ……問いかけてくる気配だけがあった。


(境界とはなにか、お前は知っているか)


「え……?」


(命と死、現実と虚界。意味の狭間。そこに立つ者……お前はそれを選んだ)


「俺は、そんな……選んだ覚えなんて──」


(選ばれた者に、選択肢はない)


 ズンッ──と、胸の奥に圧迫感が走った。それは問いでもあり、呪いのようでもあった。


「やめろ……っ!」


 加藤は叫ぶと同時に咄嗟にスコップを構え、足元の大地を叩いた。地面が鳴動し、大地の律動とともに因果を定着させる力──《地脈拘束》が発動する。

 震える地面から、淡く光る岩の帯が広がり、空間を束ねた。混濁した虚界の波動に重力と秩序が与えられ、揺らぎが押し戻される。

 闇はわずかに後退した。そしてやがて、霧が晴れる。


「今のは──」

「お前の能力だ」


 氷呉の声に我に返る。

 ──《大地因果固定》。揺らぐ空間に「固定概念」を与え、起きた現象を地に足のついた現実として確定させる力。

 混乱した虚界の波動を安定させるその力は、まさに外界調査官にとって最適だった。


 知らぬ間に異常存在は後退し、空間の歪みは収束していた。

 霧が消え、やっと現場は静寂を取り戻す。


「……やった?」

「お疲れさま、加藤くん。……さすが選ばれし新人だね〜」

「いや俺、そんな選ばれてないよ! なんか流れで頑張っただけで!」


 叫ぶ加藤に、夏目と氷呉が笑った。後ろで見守っていた雲居もまた、深く頷いた。


「……加藤、見込みありだな」


 そしてその日の夜。


「……加藤くんさ」

「ん?」

「やっぱり、ちゃんと調査官になれると思うよ。怖がりだけど」

「フォローになってないよそれ!」


(俺はたぶん、怖いまま進むんだ。でも──)


 それでも、誰かを守るために。

 それでも、みんなが幸せを見つけられるように。



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