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0-start  作者: 來巳 日咲
社会科見学編
16/18

015.社会科見学編-6



 外界調査局の通路を、三人と一柱の守護神が歩いていた。目的地は、廃棄された旧観測装置──第03特異区画。


 名目は「遺失物件の探索」。けれど、加藤(かとう)にはとても落とし物を拾いに行く程度の軽さには思えなかった。


「……あのさ。俺たち、まだ見習いだよね?」

「うん、そうだね〜」

「でさ、その見習いが旧観測装置の調査とか、絶対おかしいと思うんだよ」

「うんうん、正常な感覚だね〜」

「同意してないで止めてよ!!」

「でもさ〜、こういう任務って一回こなすと、周囲の見る目変わるんだよ?  ほら、ポイント制だし〜」

「え、それなんのポイント? 死の間際ポイント? 殉職ランクアップシステム?」

「……騒ぐな。もうすぐ到着する」


 氷呉(ひぐれ)の声に従って、彼らは分厚いセキュリティドアの前に立った。

 ドアには、過去の封印痕がいくつも刻まれていた。観測不能、記録断絶、記憶障害。嫌な予感しかしない札が、まるで呪符のように貼られている。


「ほんっとにここ入るの? いや、絶対なんかおかしいって……雲居(くもい)さん、こんなとこに俺たち送るとかマジ鬼上司……」

「本当に鬼かもしれんな、あやつ」

「うわレアーまで同意するってことは……」

「死ぬかもしれぬな。じゃが、命令には逆らえん。上からの指示じゃ、“君たちの成長のため”とか何とか言っておったわい」

「死んだら成長どころじゃないんですけど?」


 がちゃり、と音を立ててセキュリティが解除される。中は……思ったより静かだった。


 霧。白く、深く、視界を削る霧。

 冷たい空気が、まるで首を撫でるように流れ込んでくる。


「……なんか、寒い……」


 加藤が自分の腕を擦る。すると──


「よう。生きてたのか」


 唐突に、背後から声がかけられた。


「うわぁぁあああ!? 誰っ!?」


 振り向いた先には、見慣れた顔が立っていた。

 それは……加藤自身。だけど、違う。

 目に光がなく、笑みが貼りついたまま動かない。まるで映像の中の存在のように。


「お前さ……あの時、ちゃんと泣けなかったよな」

「な、なんで……それ、知って……」

「お母さんの葬式で、涙の一粒も出なかった。それが、後になってずっと苦しかったろ?」

「やめろ、喋るな……!」


 加藤の膝が、崩れ落ちそうになる。夏目がすぐに駆け寄り、加藤の肩をがしっと掴んだ。 


「──加藤くん! 聞こえる?」

「な、夏目……」

「これは霧の幻覚。記憶に侵食するタイプだよ。落ち着いて。自分の意思を確認して。ゆっくりでいいから、戻ってきて」


 その声で、加藤の視界に明かりが差す。

 見つめ直すと、“自分”の姿をしたそれは、うっすらと透けはじめていた。


「……お前は、偽物だ……!」


 右手に、再びレアーの概念具現:スコップが顕現する。

 足元の大地が能力でうねり、加藤は地面を強く掘り上げた。砕けた床から解放された地脈が、衝撃波となって偽の自分を直撃する。


「俺は……今を生きるって決めたんだ!!」


 地割れから放たれた石の槍が、偽の自分を貫き、光と共に砕いた。そして彼は、光に包まれ霧と共に静かに消えていった。

 静寂が、訪れる。


「ふぅ……」

「加藤くん、よく頑張ったね〜」

「ちょっと泣いたかも……」

「でも、まだ終わりじゃない」


 氷呉が低く告げた。

 その指差す先、廊下の奥。旧観測装置が見えていた。そして、その前に誰かが立っている。


 制服姿の女性だった。調査官の制服。だがそのデザインは古く、記録でしか見たことのない年代のもの。

 表情はない。ただ、じっと、霧の奥からこちらを見ている。


「一ノ瀬、あれ……」

「実在じゃねぇ。記録に残らない職員……過去の事故記録で、たびたび語られる目撃者のいない職員だ。おそらく記憶干渉型の未確定存在」

「ってことは……?」

「近づくな……!」


 遅かった。

 女性型の幻影がふわりと手を伸ばして、触れた先は夏目の額。指先が少しの力を加えて彼の身体を押した。


「……あ」


 一瞬で彼の目の焦点が失われた。

 力なく、ふらりと後ろに倒れそうになる。


「夏目!!」 


 加藤が受け止めようと手を伸ばすが、誰より早く動いたのは氷呉だった。

 彼が握る短剣、その柄に埋め込まれた“結界転写珠”が淡く輝く。


「……夜沈(やちん)


 短剣が彼女に触れた瞬間、暗かった空間がさらに夜を迎えた。氷呉の《夜》の能力が放たれたことで、闇は短時間の夜を創り出し、霧の干渉を完全に遮断した。

 

 苦しそうに叫ぶ彼女の精神が壊れ始めたからか、周囲の霧はスッと晴れ、夏目の意識が戻った。


「う、わ……目回った〜……」

「大丈夫か、夏目」

「うん……ありがとう、氷呉〜。なんか昔のこと思い出して、グラグラしてた」

「記憶を喰われる前に間に合ってよかった」

「っていうか一ノ瀬、強くね!?」

「……あれは精神攻撃だ。お前と違って派手ではないけどな」

「綺麗でござんした」

「拝むな」


 そんな騒がしさが戻るころ、旧観測装置が静かに停止音を鳴らした。


「これで……任務、終了?」

「いや──」


 加藤の目が、装置内部の記録ディスクに向いた。


「何か、残ってる……」


 霧が晴れ、ディスク内に保存された音声ファイルが自動再生される。


『──こちら、旧観測局員、東条。記録保持限界につき、本記録は最後の発信となる』

『霧は、記憶の奥底にある傷を吸い、それを人に見せる。過去を暴く者を、喰う』

『……もし、これを聞いているなら。どうか想いに負けないでくれ』


『我々が、ここにいた意味を──繋いでくれ……』


 音声が終わると同時に、ディスクは静かに壊れた。

 誰も言葉を発さない。ただ重く、意味のある沈黙が場を支配した。


「──帰るぞ」


 氷呉の言葉に、三人と一柱の守護神は、ゆっくりと歩き出した。

 霧が完全に晴れた先、見慣れた施設の廊下が、あたたかく迎えてくれていた。


 

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