014.社会科見学編-5
次の日の朝、加藤貴志は目を覚ますなり、まず自分の手が震えていないことを確認した。心なしか、昨日よりも指先がしっかりしている。
「少し、慣れてきたのか?」
そう呟いたその瞬間、ベッドの下からぬっと顔を出したレアーの寝癖頭が見えた。
「ふぁ〜……おはよう、加藤よ……昨晩はよく眠れたかのう?」
「寝れるわけないだろぉおおお!! 俺、昨日死にかけたんだよ!? 寝てたお前が言うな!!」
「うむ、妾は寝ておった」
「いや、開き直るのかよ」
朝から全力でツッコミを入れる元気があるだけ、加藤はもうこちらの世界にある程度馴染みはじめていた。
そして、施設の食堂に向かうと──
「おはよ〜、加藤くん。今日も目が泳いでるね〜」
朝食のパンケーキにメイプルシロップをたっぷりかけながら、夏目が言った。
「いや、夏目くん? 君のそのテンションが信じられないんだけど? なんでそんなに平常心なの? 昨日ヤバいやつに襲われたの忘れてないよね!?」
「忘れてないよ〜。でも、もう過ぎたことだしね〜」
「あっ、そっか! メンタルがバグってるだけか」
一方、氷呉は黙々とトレーの上で食事を進めていた。パンを一口かじり、ポタージュをすすり、そっと加藤に視線を向けて一言。
「今日、また現場に出るかもしれない」
「いやぁぁあああああ!!!」
「って言うと思ったぜ。あと、煩い黙れ」
「わかってんなら言うなぁああああ!!!」
◇
午前九時、訓練用ホログラム室。
前日の一件を受けて、班としての連携訓練が急遽組まれた。
「未確定存在との遭遇に備えて、実戦演習を行う。班単位での連携、能力の適切な使いどころ、判断力、すべてを試す。文句あるか?」
指導官・雲居の容赦ない言葉に、加藤はへたりこみそうになった。
「……文句しかないですけど、どうせ聞いてくれないんですよね……」
「正解」
「クイズ形式だったんだ、これ」
「では開始だ」
「あっ、はや……」
ホログラム室が暗転し、眼前に濃霧と異形の影が現れる。
「模擬体験……ちょっとトラウマなんだけど……」
加藤の手が無意識に震えそうになる。けれど、その隣で、夏目がぽんと彼の背を叩いた。
「大丈夫だよ〜。模擬だしね、死なないからさ〜」
「いやそれ、逆にリアルなやつじゃないですか? 死なないからって言葉に説得力……」
「集中しろ、来る」
「はい!!」
氷呉の声と同時に、影のような怪異がホログラム上で現れた。
今回の演習用の模擬存在は、見るものに幻影を見せるタイプ。加藤の前に、死ぬ前の自分──病室で点滴を受け、虚ろに天井を見つめていた時の自分が現れた。
「……!」
「加藤、今のは幻覚だ。目を逸らすな。理解しろ。あれは“嘘”だ」
氷呉の言葉が脳に届く。加藤はぐっと息を詰め、目を閉じずに正面を見据えた。
(違う。これは……俺の死に際じゃない。俺は、病室にはいない。何もかも違う)
「レアー!!」
「呼んだかえ!」
空間が開かれ、レアーが顕現する。その手に握られていたのは、加藤専用の概念具現スコップ。
《大地》の波動を宿し精神波の干渉能力を持つそれは、見た目こそ普通の園芸用スコップに近いが、刃の部分には魔力の地紋が浮かび上がっている。
「踏み込め、主!」
「土砕衝ッ!!」
加藤が地面にスコップを突き刺すと、大地の力が魔法陣を描き、幻影の下から突き上げるような地の衝撃波が放たれた。
幻影が一瞬で破砕され、虚空へと消え去る。同時に、夏目が優しく囁いた。
「おやすみなさ〜い」
幻影の動きが止まり、ホログラムが終了する。
「……演習終了」
雲居が記録パネルを確認しながら言った。
「三人とも、合格圏内だ。特に加藤。お前の反応速度と精神抵抗力、初期にしては上出来だ」
「……え、マジで? 俺、やれてたの?」
「やれてた〜」
「あぁ、やれてたぞ。ちゃんと、目を逸らさなかったじゃねぇか」
「……へへ……へへへへ……!」
褒められて、加藤は鼻血が出そうだった。
◇
午後、班に新しい任務が通達された。
「遺失物件の探索だ」
雲居が渡してきた任務票には、Z軸空間 第03特異区画の記載。かつて外界観測のために使われていた旧式の装置が、未登録状態で起動したという。
つまり、何かが勝手に使っているということだ。
「うわぁ……絶対ろくでもない展開になるやつ……」
「加藤くん、今日も死ぬ覚悟は〜?」
「なーい!!」
そんな誓いが施設中に響き渡った。