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0-start  作者: 來巳 日咲
社会科見学編
14/18

013.社会科見学編-4



 施設へ戻ったのは、そこから30分後のことだった。

 監視室にて、三人はヘロヘロになりながら椅子に崩れ落ちた。


「なん……なんだよ、あれ……」

「未確定存在。輪郭を認識した瞬間に、記憶の奥にねじ込まれてくる……化け物だ」

「一ノ瀬、お前あれの名前とか知らないの……?」

「あぁ? 確か……輪郭なきモノ、通称リンカーって呼ばれてる」

「ダサい名前だな!?」

「名付けたのは俺じゃない」


 夏目は無言で横になり、上着を脱いでそのまま椅子の背にかけた。氷呉は汗一つかいていなかったが、額に薄い傷がある。


「お前ら、何で……あんなもん見て冷静でいられるんだよ」


 加藤が思わずそう漏らすと、氷呉は静かに答えた。


「俺たちはもう……現実に絶望することに慣れてるだけだ」


 それは、決して強がりではなかった。

 彼らがこの世界に転生し、得た能力と、その代償──それが、今の彼らの冷静さの正体だった。


 加藤は、何も言えなかった。ただ一つ、胸の内に決意が芽生える。


「……俺も、強くならなきゃいけないのかもな」


 守護神・レアーが、優しくその背を叩いた。


「そうじゃな。お主にはまだ、為すべきことがある……報告書とかのう」


 真顔になった三人はその通り、事細かに報告書をまとめさせられた。発見時の状況、怪異の挙動、使用能力の効果、異常波動の有無──すべてを正確に記録するよう求められる。


「……書くこと多すぎるって……文系だからこういうの苦手だって……」

「俺、字読めない〜」

「夏目、手伝ってやるから書け」

「……で、今回の件についてだが」


 報告を終えた三人の前で、雲居は椅子の背もたれにどっかりと体を預けた。喉の奥で一度うなるように息をつき、紙束をパタンと机に置く。


「まず、命令違反。これは確実に罰則対象だ」

「すみませんでしたあああああ!!」

「いや、反省してない声量だよ、それ……」

「ただ……結果としては、接触を試みたのは間違いではなかった」

「え?」


 加藤が首を傾げる。


「お前たちが確認した“輪郭のない何か”……記録映像では正確な像を結ばなかった。だが、接触により局地的な波動が収束したのは確かだ」

「え、それって……俺たち、役に立った?」

「ああ。調査官としての第一歩としては、上出来だ」


 褒められた。加藤の目がまるで子犬のように輝きだす。


「やった……やったぁ! 俺、ちゃんと調査官っぽいことできたんだ!」

「……とはいえ、今後も勝手な行動を取れば、任務から外されるぞ」

「うっ……はいぃ」


 シュンと項垂れる加藤を尻目に、氷呉が雲居に向き直って質問した。


「雲居さん、あれは未確定存在の中でも上位に分類されるものですか」

「ああ。断定はできんが、識別されない存在──通称“ノン・フィギュア”の一種と推測される。輪郭が曖昧なものは、精神や空間そのものに干渉してくる可能性がある。気をつけろ」

「……了解です」


 氷呉の目がわずかに鋭くなる。それを見ていた夏目が、いつもの気の抜けた声で続けた。


「そろそろ、知っておきたいなぁ」

「何をだ?」

「この創界(そうかい)の外、虚界(きょかい)ってさ……なんで調べちゃいけない領域って言われてるの?」


 部屋に、わずかな沈黙が落ちた。雲居は視線を逸らすことなく、三人をじっと見た後低い声で呟く。


「……虚界は、“形”と“意味”が一致しない世界だ」

「え?」

「人が見るものは概念で構築される。だが虚界では、見るものの意味が、現実を侵食するんだ」

「意味が……現実を?」

「たとえば『空が青い』という常識が虚界では『空が存在しない』という認識に上書きされることがある。そうなると、空は視認できるが、『上』という概念が消失する。立つことすらできなくなる。そういう、常識の根底が狂う場所だ」


 その言葉に、加藤はゾクリと背中を撫でられたような感覚を覚えた。

 理解することが、命取りになる。そんな領域。固まっている加藤を置いて、隣の氷呉は静かに問う。


「……じゃあ、なぜそんな場所を調べてるんですか」


「答えは単純だ。そこに何かがいるからだ。世界の外にいる何かが、こちらを見ている。……なら、こちらも見返さなければならない。そういう職務だ」


 その瞬間、三人の中に生まれたのは、薄いが確かな責任感だった。


 怖い。でも、知りたい。

 逃げたい。でも、守らなければ。


 そんな入り混じる感情の中で、夏目がぽつりと呟いた。


「……じゃあさ、加藤くんは何のために調査官になったの?」


「えっ……?」


 突然の質問に戸惑いながらも、加藤はゆっくりと考え、答えた。


「……わからない、まだ。でも、誰かの役に立てたらいいなって思った。……死んだ時、何にもできなかったから。だから、生まれ変わったなら、せめて……って」


 その言葉に、誰も茶化さなかった。夏目も氷呉も、静かにその言葉を受け止める。


 そして、夏目は笑った。


「じゃあさ……ちゃんと調査官にならないとね、俺たち」

「……ああ」


 氷呉も同意するように短く頷く。

 そんな光景を遠巻きに見ていた雲居は、腕を組みながらぽつりと呟いた。


「……悪くない班だな」



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