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0-start  作者: 來巳 日咲
社会科見学編
13/18

012.社会科見学編-3




 重く、軋むような鉄の扉が閉まる音が、警報の余韻と共に遠ざかっていく。


 指導官・雲居(くもい)が去った監視室には、加藤(かとう)夏目(なつめ)氷呉(ひぐれ)の三人だけが残されていた。


「……だから行かないって言ってるだろ、俺は!」


 加藤は両手を振って必死に拒否の姿勢を見せるが、夏目は気だるげに立ち上がりながらのびをした。


「じゃあ、置いてくよ〜?」

「待って! なんで行くのが前提なんだよ! 待機って明確に言われたよね!?」

「いや、あいつらが戻ってこない前提の声だったからさ〜」


 さらっと恐ろしいことを言う夏目に、加藤の顔色がさらに青くなる。

 それを横目に、氷呉は備品ロッカーから簡易の調査キットを無言で取り出し、腰にぶら下げた。


「おい、一ノ瀬(いちのせ)! お前まで!?」

「行く。あの反応、ただの霧じゃねぇだろ。嗅いだことのない“音”がしてた」

「音を嗅ぐなよ! てか音の形容じゃないだろそれ!?」


 加藤の絶叫も虚しく、二人は準備万端といった様子で扉の方へ向かっていく。渋々立ち上がった加藤は、自分の肩に指を押し当てながら、涙声で呟いた。


「……レアー、いる?」

「ここじゃ。さっきからずっとおるわ」


 肩越しに現れたレアーは、ようやく寝癖を整えたらしく、清楚な銀髪をゆるく三つ編みにまとめていた。


「レアー、あのさ。俺、本当に……こういう危険任務とか、無理なんだけど」

「ならば、何故“外界調査官”などという危険職に配属されたのじゃ?」

「知らないよ! 俺はサラリーマン見学に来たはずだったのに、気づいたら変な施設にぶち込まれてたんだよ!!」

「うるせぇ」


 氷呉の一蹴で会話は強制終了。

 気がつけば、三人はすでにγ-03区域へと通じる通路を歩き出していた。



 通路を抜けた先は、霧が一面を覆う湿地帯だった。天井は高く、外界に近い構造らしい。薄明かりが霧に包まれて揺らめいている。

 誰かの息遣いが、妙に大きく響く。霧の中には時折、人型の残像がちらついた。


「……なぁ、あれ。人影に見えるの、俺だけ?」

「見えてる。けど、あれは視認するだけで発狂する類の奴じゃない」

「怖すぎだろそれ!!」


 レアーが加藤の背後に現れ、ぎゅっと裾を掴んだ。


「加藤、安心せい。我は“護り”に特化しておる。お主が本気で命を危ぶむことはさせん」

「レアー……頼もしすぎて惚れそう」

「死んだ者が恋しても叶わぬぞ」

「うっせぇな! 生きてるって言ってんだろ!!」


 そんなふざけたやり取りの間にも、異変は着実に近づいていた。

 突如として、霧が音を伴って脈動する。ぴちゃ……ぴちゃ……という、液体のような音が周囲から忍び寄ってくる。


 夏目が無言で、掌から冷気を流した。霧がわずかに凍り、輪郭が浮かび上がる。


 そこには──輪郭のない何かがいた。

 (もや)のようなそれは、形が定まっていない。人の顔、獣の足、無数の目、叫びのような口。見るたびに姿が変わるそれが、霧の中からぬっと現れた。


「お、おい、嘘だろ……これ、本物の怪異(かいい)じゃねぇか……」

「お前、黙ってろ。視線を逸らすな、けど正面から見続けるな」

「無理難題すぎる!!」


 氷呉の瞳が淡く光を帯びる。彼の能力《光》が、視界を照らし、怪異の輪郭を意図的にぼかす。


「見えすぎると狂うからなァ。だから見えないように整えてやるよ」


 氷呉の足元から螺旋状に光が走り、怪異の周囲に照明の輪を作った。レアーもまた、加藤の前に立ち、腕をかざす。


「《盾壁・純光》……この霧を裂くぞ!!」


 白く柔らかな光の壁が加藤を包み込む。夏目も凍気で足場を固め、怪異の動きを鈍らせる。


 ──そして。

 怪異が、顔らしき何かをこちらに向けた。


「ぎ、ぎゃああああああああああ!!!」

「加藤、うるせぇ。黙ってろ」

「怖いもんは怖いんだよ!!」


 その時だった。

 霧の中、別の方向から走る足音がした。


「雲居……先生!?」


 加藤が叫ぶと同時に、白衣姿の雲居が銃を構えて姿を現す。

 彼は無言で照準を合わせ、怪異の中心──どこが中心かも不明な部位に向けて、躊躇なく引き金を引いた。閃光弾のような炸裂音と共に、怪異の影が一瞬、強く揺れる。


「後退しろ! 今のうちに!」


 雲居の怒鳴り声と共に、三人と一体は一斉に後退した。


 霧が晴れた。異様に歪んだ空間の感触も徐々に薄れていく。 

 それでも、加藤(かとう)の手はまだ震えていた。地に伸ばしていた両手を、そっと膝に引き寄せる。土の匂い。汗の匂い。恐怖の名残を吸い込んで、彼は大きく息を吐いた。


「……本当に、終わった?」


 誰にともなく問いかけた声に、氷呉(ひぐれ)が淡々と頷く。


「あぁ、消えた。でも……また来るかもな」


「えええ!? やだやだやだやだ!! 俺、もうこの仕事辞める!!」


 加藤はその場にぺたんと座り込み、手をばたつかせた。夏目(なつめ)が無言でその隣に腰を下ろし、持っていた飴玉を一つ口に放り込む。


「お疲れ〜。初出動でこれなら、そこそこやれるよ、加藤くん」

「俺はやれない!! あれ絶対ヤバいやつだって!! しかも守護神、呼んだのに出てこなかったし!! レアー!? なんで来なかったの!? あれマジで死ぬやつだよ!!」

「封鎖区域だって言ったろ。精神リンクが通らないんだ」


 氷呉の言葉に、レアーが空間の歪みからようやく現れた。寝癖はそのままで、眠そうに目を擦りながら加藤に寄ってくる。


「すまんのう、主を置いて……寝てた」

「寝てたあああああ!?」

「そもそも干渉できんかったのじゃ。虚界は、我ら守護神の領域の外じゃからの……見守ることしかできぬ」

「ぐぬぬぬ……! 俺の命、めっちゃ危うかったんですけど!? 慰めてくれてもいいんじゃない!?」

「よしよし」


 雑に頭を撫でられ、加藤はすっかりやる気を失ってぐでんと倒れ込んだ。


「つかれた……帰って風呂入りたい……」

「だーめーだーよー、報告しないと〜」


 夏目がひょいと加藤のフードを引っ張りながら、というより引き摺りながら歩く。そこへ重く響く足音と共に、件の指導官・雲居(くもい)が姿を現した。


「……お前ら、勝手に動いたな?」


 その目に宿るのは怒りか、それとも評価か。


「す、すみませんでした!! 氷呉と夏目が止めても聞かなくて! あああああ!」

「連帯責任だよ〜」


 「何で!?」と突っ込む加藤に構わず、雲居は三人を一瞥し、淡々と言った。


「……話はあとだ。とにかく戻るぞ。全員、報告室に集合」

「は、はい……」


 

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