011.社会科見学編-2
──1班∶外界調査官
次の日、加藤貴志は不安と混乱にまみれた顔である施設の前に立っていた。
「……ここ、絶対に会社じゃないよな?」
その建物は企業ビルというより、荒廃した研究所に近い。コンクリート打ちっぱなしの壁面、植物が絡む無機質なゲート、電気がビリビリと走る防壁らしきもの。
「事前資料には“調査機関・シーカーズ”って書いてあったんだけど……会社って聞いてたのに」
「ふわぁ〜」
眠そうに欠伸をする夏目がすぐ隣に立っている。まったく緊張感がない。
「……よくこの状況で欠伸が出るね、夏目くん」
「…………だれ?」
「あっ、名前すら覚えられてなかった」
地味に傷つきながら、加藤はもう一人の班員、一ノ瀬氷呉を見る。彼はすでに建物のセキュリティパネルにアクセスしており、IDカードを通していた。
「何してんの? それ入っていいやつなの?」
「俺たちは今日からここで研修だ。入るに決まってんだろ」
「え、だって……なんかすごい監視カメラとか、赤いレーザーとか出てたよ?」
「そんなの気にしてたら異世界で生き残れないよ〜」
「そもそも生きてないからな」
「うまいこと言わんでいいわ! あっ、いや死んでねぇよ!!」
エントランスのセキュリティロックが開くと、中から白衣を着た中年の男が現れた。
無精髭、ボサボサ頭、けれど目つきは鋭く、そのままでもサスペンスドラマの主人公になりそうな雰囲気だ。
「……お前らが配属された外界調査官見習いか」
「は、はい……」
「俺は雲居。調査官の指導担当だ。さっさと入れ」
施設内は想像以上に広く、かつ古かった。鉄階段、無数の資料が散らばる机、レーダーらしき機械の点滅、ホログラムで地形を表示する装置──この場所が、未知の世界を観測するために存在する場所であることが伝わってくる。
「まずは外界ってやつの基本を叩き込む。モニター前に集合しろ」
「モニターって、これですか?」
「触るな小僧。それ爆弾処理班の装置だ」
「爆弾って単語、そんな軽率に使わないで!? てかなんで爆弾? ここ企業じゃないの?」
「お前が見学に来たのは“企業”じゃなく、“外界調査局”だ。いいか、外界とはこの創界の外、虚界に繋がる境界だ。そこには未確定存在と呼ばれる怪異が存在している」
「なんかすごい嫌な予感してきたよ〜?」
数時間後、3人は指導官・雲居に連れられて、外界観測区の巡回に同行していた。
「この辺の霧、濃くないですか……?」
「この先は境界が薄い。だから変なモノが出ても文句言うな。目が合ったら目逸らせ」
「目が合う前提なんですか!?」
騒がしい加藤を放ってスタスタと歩いて行く三人を走って追いかける姿はどこか頼りない。
追いついた頃には何故か世間話が始まっており、目を丸くした加藤がいた。
「で、三人は仲良いのか?」
「俺と夏目は仲良いです」
「俺は!?」
「テメェはさっき初めて喋っただろーが」
「社交辞令とかないの、君たちは!!」
「まぁ……この1週間で仲良くなれ」
「はい! 夏目くん、一ノ瀬くん、仲良くしよう!」
「…………まぁ」
「君、だれ〜?」
「泣くよ、そろそろ」
「お前の情緒不安定、ホントやべぇな……」
そんなこんなで何も起こらず4日が経とうとしていた。昼休憩も終わり、4日目の午後。慣れた様子で観測区を巡っていた加藤たちは、一度施設に戻り、監視データ室のモニターで異常がないかを確認していた。
「平和だなぁ……このまま何も起きなきゃいいのに」
「それ、フラグだよ〜?」
「やめて! その呪文みたいな言い方!」
その瞬間、施設全体に警報が鳴り響いた。
警告:観測区域γ-03に未確認存在の波動反応──
「来たか。おい、お前らここで待機だ」
雲居が身支度を整えて部屋を出ていく。
三人だけになった部屋で、妙な沈黙が続いた後、夏目がぽつりと呟いた。
「行く?」
「行かねぇよ!? 今待機って言われたよね!?」
「大丈夫だよ〜。バレなければ大体何とかなるからさ〜」
「いやいや! 俺、外界調査官になりたかったわけじゃないし!」
「守護神、呼びゃいいだろ」
「レアー!! 助けてー!!」
「うるせぇ、叫びすぎだ!」
加藤の声に引き寄せられるよう現れた守護神・レアーは、髪にまだ寝癖を残したまま、完全に寝起きのテンションだった。
「何事じゃ!? 加藤、怪我はないかのう?」
「今から死ぬとこだよ! 助けてくれ!」
「もう死んでるじゃん〜」
「だから死んでねぇって何度言わせんだよ!!」
氷呉が真っ直ぐに視線を向けた。
「外界でさっき見たの、たぶん“輪郭のない何か”だった」
「輪郭のない……それ、見えてる時点でヤバくない?」
「殺られる前に、調査だ」
「調査じゃなくて、戦う流れになってるじゃんかぁああ……!」