000.初編-0
空も地もなく、時間さえも意味を成さない白銀の空間。そこは、現世と創界をつなぐ神々の住まう場所──【神界】であった。
十二の玉座のうち、今日、十が光を灯していた。神々の気配が空間をきしませるように響いている。
玉座の最奥、雷鳴を思わせる輝きの中から、重く荘厳な声が響いた。
「……また、魂が届いたか」
その声の主は、神々の王・ゼウス。深淵を覗き込むような瞳が、一枚の水鏡を見つめていた。
鏡の中には、一人の少年──加藤貴志が映っている。
風神アイオロスが腕を組み、低く唸る。
「普通の転生者と異なり、死を未だ迎えていない魂。創界はあのような者まで受け入れるのか?」
「定義を問うのは今さらじゃないかしら」
そう答えたのは、知恵の女神アテナ。淡い光を纏い静かに佇むその横顔には、微かな期待が浮かんでいる。
「生きたまま魂が召喚されたというより、世界そのものが彼を欲した──そう考えるのが自然な気がするわ」
「面白いじゃないか!」
火神ヘパイストスが豪快に笑う。
「生き埋めの死に近い恐怖を背負いながらも、生に未練を残していた者。生者と死者の狭間に位置する者。まるで楔だな」
「これは我が役目かのう」
そのとき、玉座の列の中から、ゆるりと歩み出る者がいた。
大地の女神レアー──人間の理屈では測れぬ年齢の女神だが、気高さと慈愛を同居させたその姿は、母なる大地を象徴するようであった。
「加藤貴志──“大地に呑まれた者”。妾がその魂を受け持ち、導こう。……お主ら、異論はあるまい?」
他の神々は無言のまま頷く。レアーが歩み出ると同時に、空間の一部がぽっかりと開かれた。光の道が、彼女の足元に伸びていく。
「加藤の魂は、壊れかけておる。じゃが……妾には見える。この世界で本当に生きようとする未来が」
その言葉に、ゼウスはゆっくりと頷く。
「ならば託そう。導け、レアー。女神として、そして守護神として──」
次の瞬間、レアーの姿は光に包まれ、神座から消えた。
光の残滓の中、アテナが小さく呟いた。
「幸せとは何か……この世界の命題に、彼がどのような答えを出すのか。見届けさせてもらおうかしら」
そして、神々の会議は静かに終わりを告げた。
やがて始まる、ひとりの少年の“二度目の人生”を前に──。