優しさに抱かれて
今日は月曜なので“月曜真っ黒シリーズ”なのですが……黒いだけではないかな!(^^)!
5年ぶりに来たこの街は……住んでいた時とはまるきり違って見えた。
それは街並みが変わったからじゃない。
隣に心結ちゃんが居るからだ!
「前に佑くんが住んでいた街を見てみたい」
こう言われた時は躊躇ってしまったけど、今は心から思える。
「心結ちゃんと来て良かった!」と
カジュアルだけどとても仕立ての良いワンピースを身に纏った心結ちゃんは、そんな事はお構いなしに、かつてオレが生息していたあちこち油まみれの定食屋や黄色いビールケースを椅子にしている立ち飲み屋などへドシドシ入って行って
「わあ!! このサバの塩焼きサイコー!!」とか「私ね!絶対!!“ホッピー”と言うのを飲んでみたい!!」と大盛り上がりしてくれる。
カノジョが身振り手振りで話したり、ホッピーと焼酎を注いだジョッキをグイッ!と持つたびにエンゲージリングが光って、……オレは自分の元に舞い降りてくれた天使に目頭が熱くなる。
「佑くん、アパートにお風呂あったの?」
「3点ユニットバスだからいつもはシャワー浴びるくらいで……少しお金に余裕がある時は銭湯に行ってた。ここからじゃ煙突は見えないけど、このまま真っ直ぐ行くと有るよ」
「えっ?! じゃあ行ってみようよ!」
「入るの?」
「もちろん!」
「でも、そのワンピは……お風呂に入りに行く恰好じゃないよ」
「そっか……残念だなあ~ じゃあさ!」と心結ちゃんはオレの裾を引っぱり、悪戯っぽく耳打ちした。
「一緒にお風呂入ろっか」
その言葉は……
オレに“あの人”の事を鮮明に思い出させた。
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医者の家に生まれ、兄と妹は医者になった。
頭が医者には足りなかったオレはそこそこ有名な大学の修士課程を卒業し、がん検査薬の開発を得意とするベンチャー企業に研究職として採用された。
ところがその半年後に、就職した会社が一般医薬品と衛生雑貨の大手企業である橋本製薬にM&Aされ、オレも橋本製薬の社員となった。
橋本製薬がM&Aした目的は女性がんのセルフ検査薬の開発で、その検査薬の試料として経血を用いると言う物だった。
しかし認定基準を満たす為には多くの治験データーが必要となり、その収集の矢面に入社して半年のオレが立たされた。
オレの仕事は募ったボランティアから“使用済み”の専用ナプキンの回収と詳細な聞き込みを行い、謝礼をお渡しする事……
中にはこの検査薬の意義に共感して、答えたくない事柄が満載の聞き込みにも我慢して協力してくれる方もいらっしゃったが、大抵は不躾な質問内容に激怒され、喫茶店のコップの水を引っ掛けられたのも一度や二度では無い。
そのたびに謝礼額をチラつかせて、どうにかこうにかなだめすかせて協力を取り付けたが……オレは女性達から忌み蔑みの目を向けられ「ゴキブリやハエの方がどんなにかマシだろう」と言った扱いを受け続けた。
ストレスとそれを紛らわす為の深酒で胃に穴が開くほどだったが、それでも『一部上場企業の研究職』のステイタスは捨てられなかった。
なぜなら、親兄弟親戚からの風当たりが少しは緩和されたから……
でも不幸は突然やって来た。
かねてから橋本製薬社内では問題になっていたらしいのだが、健康食品による事故が想定されていたものより遥かに深刻で(亡くなった方は157名にも上った)社員にも大量解雇の嵐が吹き荒れた。
そしてオレは不当とも言えるレベルで解雇された。
今だから言うが……仕事内容が災いしてオレは在職中に性欲を覚えた事がほぼ無い。
それどころか悪夢に魘される事の方が圧倒的に多かった。
こんなに身も心もすり減らしたのに何もかも失くしたオレは亡霊の様に職安と飲み屋の行ったり来たりで……もう疲れ果てていた。
死んでもいいやと思った時、ふと、女もろくに知らない事に気が付いた。
それは泥酔しかかって、吐しゃ物を自販機の水で強引に胃へ押し戻した時、ラブホのネオンが目に引っ掛かったからだ。
フラフラと中へ入ったオレは『旅の恥はかき捨て』のノリで初めて部屋を取り、広いベッドの上に身を投げて“呼べる女”を探した。
ウトウトして呼んだ女の名前も忘れてしまった頃にドアをノックする音が聞こえた。
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女は手早く下着姿になりバスルームへ消えた。
どうやらバスタブにお湯を張っているらしい。
ハンドタオルで手を拭いながら戻って来ると軽いキスをくれてオレのシャツのボタンに手を掛けた。
「協力してくれたらその分長く楽しめるよ」
何が“面白くて”“悲しくて”こんな営業スマイルをするのだろう?!
オレは今、必死で吐き気を堪え、いざ事に及んでも“役に立つのかどうか”が不安で仕方無いのに!!
オレの中の“八つ当たりの怒りの風船”がみるみる膨らみパンッ!と割れた。
オレは女の上にのしかかり、叫ぶ女の声を振り捨てて強引に手を捻じ込んだ。
と次の瞬間!
目に星が飛んでオレは股間を押さえ、のたうち回った。
「だからやめてって言ったのに……」
女はドカッ!とベッドに腰を下ろすとタバコを出して火を点けた。
「それにしてもキレイに決まったね。タマ潰してなきゃいいんだけど」
何を言われてもオレはみっともなくヒイヒイと転げ回るだけだ。
そんなオレを女は覗き込み、タバコの煙を顔に浴びせた。
「さあ! キッチリとゲロってもらおうか! 事と次第によっちゃアンタ、タダでは済まないよ!」
。。。。。。。
オレの告白に最初はベッドに腰掛け足を組んでいた女は、いつしかカーペットの上に膝を揃えて座り、最後にはオレの顔に柔らかな太ももを押し当て頭を撫でてくれた。
「キミもバカだね。最初から言ってくれれば……」
鳴り出したアラームを止め、女はため息をついた。
「約束だからね!お代はもらうよ」
オレは頭を下げてカノジョにお金を渡す。
「今のキミならこんな私に払うより食費に回すだろ?」
黙って頷くオレに背中を向けて女は受話器を手に取った。
「ステイに変更できますか?」
訝し気に女の背中を見ていると、女は向き直ってオレの手に今渡したお金を握らせた。
「今度は私がキミを買うよ!オールでね」
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「夢の様な一夜とは、きっとこういう事だ」
甘いコーヒーの芳香に起こされて、オレはお姉さんとの一夜をありありと思い出した。
お姉さんはとても温かくとても優しかった。
「少し熱いかも」とベッドサイドの上にカップを置いてくれたお姉さんはやっぱり優しい笑顔を見せてくれる。
「まだ、少し時間があるからコーヒーはゆっくり飲めるよ」
「あの……お金、大丈夫ですか?」
「えっ?! 心配してくれてる?そうね、私は大したモノは持ってないからねぇ~ でもこんな私でも指名してくれる社長とか居るからさ。まあ、どうにかなる訳よ」
「あの! オレ! 近いうちに絶対指名します!」
「それはダメ! 次はキミからお金をいただかなきゃいけないから」
「ハイ!喜んで!」
「ハハ、居酒屋じゃないんだからさ。私がどんなに頑張ってもキミはきっと不満に思う。心のどこかで『お金を出したのにこんな程度か』って。だからね、名刺は渡さない。名前も教えない」
「そんな事!絶対に思いませんよ!だから!!」
言いながらオレは泣きそうになる。
「私は人間モドキだからさ! こんな扱いで充分なんだよ。でもね!キミは人間なんだから! キチンと心の中で愛を育てて、いつかキミの横に立つ女の子にしっかりそれを届けて欲しい。こんな人間モドキの私にさえ心を傾けてくれたキミなのだから……キミは必ずそれができる筈! まあ、愛の何たるかが何も分からない私の言葉は信じられないのだろうけど……」
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美しい胸を惜しげも無くオレに露わにして心結ちゃんはベッドサイドのポーチを取り、エンゲージリングを出して左の薬指に収めた。
「ゴメンね! 本当はずっと付けていたいのだけど私、エッチは不慣れだから……佑くんを引っ掻いちゃいそうで……」
申し訳なさそうな心結ちゃんの顔が愛おしくてオレはまた抱きしめてしまう。
「オレの方こそゴメン! こんな指輪しか買えなくて……」
心結ちゃんの家は実は由々しい家系で……オレが受験する大学名に最後の最後まで文句を言い続けた親が一言の文句も言わない程の由緒正しいお家柄だ。
でも心結ちゃんのご家族は皆、オレに優しい。
『美しい人は確かにこの世に居るのだ!』と思わせてくれる。
「こんなにも優しくされて、オレ、本当に幸せだ」と呟いたら
「何言ってるの! この世で一番優しいのは佑くんだよ!」と心結ちゃんはいっぱいキスをくれた。
そんな事はとても信じられないけど……もし、そうだとしたら……
それはあの一夜かぎりに、オレに精一杯の愛をくれたお姉さんのお陰だ。
あの夜、お姉さんに愛されながら必死に我慢した涙が今、止めども無く流れ落ちて心結ちゃんの頬を髪を濡らす。
お姉さん!
オレは今、こんなにも幸せだよ!
だからお姉さんにも絶対に幸せになって欲しい!
心から心から
あなたの幸せを祈っています。
おしまい
さて、このお姉さんは誰でしょう??
答えはこちら(^_-)-☆
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