初めてのデート
お読みくださりありがとうございます。暇つぶしにしていただければ幸いです。
旦那様から贈られたドレスの数々をサラ達メイドに衣装部屋に吊るしてもらった。お出かけ用と普段用がずらっと並んだ。色とりどりだ。
離縁するつもりでドレスを売ってしまっていたので助かる。後五ヶ月はここで過ごさないといけないので買い直すつもりだった。
サラは「ようやく普通の待遇になりましたね」と呆れたように言っていた。
観劇に行くときのドレスを選ばなくてはいけない。水色で襟と袖にレースのついた物にした。当日ドレスを迷っているようではメイドに悪いから。
それにしても急にプレゼントが増えた。離縁を切り出した時に使用人と同じ関係性ですよと言ったせいかしら。花も届けられるしお出かけに誘われる。
以前の私だったらどう思うのかしら。
今の私はどうなのかしらよくわからないわ。
この頃は朝食を一緒に食べてお見送りをしている。
「お気をつけて行ってらっしゃいませ」と言うだけだが、「行ってくる」という返事をされる時に少しだけ口角があがるので喜んでいるらしい。
流石に夕食には帰って来れないので先に休んでいる。予想通りだ。
観劇当日になった。朝からお風呂に入れられ磨かれてドレスを着せられた。コルセットを緩めにしてもらった。芝居の途中で気分が悪くなったら申し訳ない。
軽めの物を朝食の代わりに頂いた。お化粧をして貰い髪を整えると、見違えるような美人になった。
侯爵家のメイドが優秀すぎる。
「お美しいです」と褒めてくれたので「貴女達が優秀だからよ、ありがとう」
と感謝を伝えた。
サラはこの後一緒に付いて来てくれるので準備中だ。
部屋まで旦那様が迎えに来てくれた。目を見開いて固まった。
「可笑しいでしょうか?」
「美しすぎてなんと言えばいいのか、女神のようだ。とても良く似合っている」
「旦那様も素敵ですわ」
旦那様は黒のタキシードだった。襟には金の刺繍が施されている。かっこいい。箱に入ったダイヤモンドのネックレスをプレゼントされ、首に着けてもらった。ここまでしていただけるとは思ってもみなかった。
そのままエスコートされて馬車に乗った。
劇場は歴史のある建物らしく見るからに威厳があった。
私達の席はボックス席になっていて他の人から見られないで済むようなロイヤル席だった。ゆったりとしたソファーに座っていると、劇場から飲み物が届けられた。よく冷えたシャンパンだった。
演目は「スチュワートとエレン」という恋人たちの物語だった。想い合っているのに気持ちがすれ違う話を最後が感動のハッピーエンドで締めくくって大団円にしていた。人気があるわけである。
別れてしまうかもしれないという場面で思わず泣きそうになってしまった。ハンカチで目をそっと押さえていると旦那様も目をハンカチで拭いていた。
案外涙もろい人だったのかしらと思った。見終わった後
「人が多いから少し待ってゆっくり出よう」
という旦那様の言葉で座っているとどこで見かけたのか、宰相に挨拶をしておこうという人物が現れた。
「プライベートな時間にお邪魔して申し訳ありません。こんな時でないとなかなかお会いできないと思いましてお声をかけさせていただきました」
どこかの貴族なのだろう、仕事関係の話らしく声を潜めて話し始めた。背中を向けて会話しているのは仕方がないが、舞台の余韻に浸っていたい私にとっては興ざめだった。
その奥方らしき婦人まで現れた。身分が上か下か分からないので対応に困った。
「宰相様にこんなに美しい奥様がいらっしゃったなんて驚きましたわ」
なんとか笑顔だけで乗り切った私を誰か褒めて欲しい。
話が終わったらしく
「こんなところで仕事の話などしてすまなかった。遠方から出てきたそうで今しかないと思って話しかけたらしい。奥方が貴女に話しかけていたようだが嫌なことは言われなかったかい?」
「問題ありませんわ」
「なんだか顔色が良くないようだが、この後レストランに行こうと思っているんだ。具合が悪いなら止めるけどどうしたい?」
「美味しいところなのでしょう?連れて行って下さいませ」
気分が変わるかもしれないと思った私はそうお願いをした。高級レストランに行くのも今のうちかもしれないのだから。
席を離れて階段を降りる途中にも貴族の方々がおられたが、先程の人のように話しかけて来る方はいないのでほっとした。
「あの方が奥様なのね、本当にいらっしゃるなんて驚きだわ。一度もお見かけしなかったから、噂だけだと思っていたのだけど」
「幻の奥様かしら愛人の方かしら」
旦那様が冷たい目で令嬢達を睨みつけ肩を抱いてきた。私は余裕の微笑みを浮かべてやり過ごした。耳元で「すまない」と囁くので微笑みが貼り付いたものになってしまった。イケメンの囁きがやばい。
その後行ったレストランは海鮮が有名な高級店だった。
「先程は気分の悪い思いをさせて申し訳なかった。私が原因なのでなんと言って詫びたらいいのか」
「気持ちを切り替えてお食事を楽しみませんか?素敵な舞台を見てこれから美味しいお食事をいただくのですから」
「ありがとう、そうしようか。君は優しい人だね。けれど我慢はしないで欲しい。体に良くない」
「そうできましたらいいのですけど」
白身魚のムニエル、牡蠣のバター焼き、海老やイカがシェフの見事な腕でお皿の上に絵のように盛り付けられていた。食べるのが惜しいほどだったがお腹は正直だ。
次々に運ばれてくる料理は美味しく私達の胃袋に中に入っていった。
白ワインと一緒に頂いたので、少しいい気分になってきた。
デザートはレモンのアイスクリームだった。
「私は貴女のことがもっと知りたい。これから始めるというのはどうだろうか?貴女が知性的で案外涙もろく面白い人だというのは少しの間でわかった」
「面白いというのは褒めているのですか?」
「もちろんだ、今まであんなふうに話してくれる人はいなかった。遠慮のない話ができるのはシンだけだ。君ともそんなふうに話せたらどんなに楽しいだろうか」
「私はサラだけですわ。小さな頃から側にいてくれたらしいのです」
「私もそこに加えてもらえるように頑張るよ。よく朝散歩をしているね、気持ちがいいのかな?」
「ええ朝の空気を吸うと一日が始まる気が気がしますの。お庭が広いので少しずつしか歩けていないのですけど。おかげさまで、規則正しい生活をするようになってから元気になってきました」
「それは何よりだ。これから一箇所行きたいところがあるんだ、付き合って貰っていいかな?」
「構いませんわ」
どうやら宝飾店に行くらしい。旦那様の物を買うのかと思ったら私へのプレゼントだった。
高級な内装のお店の中を奥に進むと特別室がありそこへ通された。
支配人らしき人がダイヤモンドを始めとする宝石を並べた。
黒曜石はいかにも旦那様の色なので遠慮をしておいた。
小さめのルビーとブラックダイヤモンドが花の形にデザインされた指輪に目が留まった。
「支配人、それを貰おう。妻のサイズに調整して欲しい」
「かしこまりました。出来上がりましたらお屋敷に届けさせていただきます」
贈り物を沢山頂いているのでお返しに何か買おうと真剣に選ぶことにした。
旦那様の髪の色は金色なのでイエローダイヤモンドのカフスボタンにした。
早速着けてもらうことができた。とても喜んでいただいたのでこちらまで嬉しくなってしまった。
誤字脱字報告いつもありがとうございます。大変助かっています。
皆様の応援が励みになります。完結するまで頑張りますので宜しくお願いします。