前向きな奥様と後悔まみれの旦那様
楽しんでいただければ嬉しいです。ゆるふわ設定です。暇つぶしにどうぞ。
ウィステリアは屋敷で変身をし街へ出かけた。見た目は商家のお嬢様という感じに仕上がっていた。サラと護衛のビルが一緒だ。ビルは二十歳の若者だった。なんとも人の良さそうな顔をしているが身体はがっちりしていた。さすが騎士だと感心してしまった。
街の近くで馬車を降り十分ほど歩いたら街へ着いた。
人が多くなり店も賑わっていた。目当ての本屋に行ったら思ったよりも大きくて驚いてしまった。店に入ると棚にぎっしりと本が詰められ、台の上にもずらっと並べられていた。
ウィステリアは自分の翻訳した本が置いてある場所に行ってみた。
ペンネームを付けているので、訳者が自分だとは誰にもわからないと思うのだがどきどきが速くなった。
思わず口角が上がってしまい俯いてしまった。見ているだけで楽しいものなのだと実感した。
屋敷の自分の部屋にも翻訳した本は全部置いてあるのだが、本屋で見ると感慨深いものがあった。報われたような感じがする。
幸せな気持ちで本屋を出ることができた。
これから念願のカフェに行きスイーツを食べるつもりだ。一年以上は行っていない(らしい)。
楽しいとしか言えなかった。サラとビルと三人で同じテーブルでケーキと紅茶を楽しんだ。
なんとも幸せな一日になった。
「今日は街に付き合ってくれてありがとう」
「とんでもないことでございます。奥様の気分転換にお供させていただき光栄です」
とビルが明るく返事をした。
弟がいたらあんな感じかしらとウィステリアは微笑んでしまった。
実家には両親と兄夫婦がいるそうだ。(サラ情報)
父親が現役のため兄は爵位は継げていない。実家にいる時にも翻訳はしていたそうだがやはり内緒でしていたそうだ。
貴族令嬢は仕事をするものではないという考えがこの国は根強い(サラ情報)為だそうだ。
記憶がないというのはなんとも心もとないものだった。
夕食を旦那様と摂った。会話は
「今日の街は楽しかっただろうか」と「何か欲しいものがあっただろうか」だけだったので
「とても楽しかったです」と「特に欲しいものはありませんでしたわ」と返事をした。
何故かそれだけでにこにこされてしまった。
サラが働き過ぎではないかと思ったので、メイドを二人付けてもらうようにお願いをした。人選は任せてほしいと言っておいた。サラに聞いてみようと思っている。
サラが食後のお茶を部屋に持ってきてくれた。
「サラはお休みしてないでしょう、誰か優秀なメイドを二人見つけて交代ができるようにして頂戴。貴女が倒れたら困るわ」
「倒れる予定はありませんが、私の留守の時に役立つメイドがいた方がいいですね。考えます」
「それと向こうの家を掃除してくれる人も欲しいわ。
自分でするつもりだったんだけど、引っ越しが半年延びてしまったでしょう?
放って置くなんてとんでもないもの。ゆっくりでいいからお願いね」
「奥様には無理ですよ。掃除なんてなさったことがないんですから。
極秘ですから念には念を入れた方がいいですよね。
商業ギルドで家の中と外を掃除してくれる人を探して貰いましょう」
「これで気になっていたことは片付いたわね。明日から翻訳の仕事ができるわね、待っていただいている仕事があるのでしょ?」
「奥様の体調のことはお話をしていますので、無理をされないようにとのことでした」
「ありがたいことね。仕事の合間に屋敷を見て回ったりお庭に行ってみようかしら、お花が綺麗に咲いて気持ちが良かったわ」
「そうですね、休憩は大事ですから」
ウィステリアは街の本屋の様子を思い出しながら翻訳を始めた。
訳しているのは恋愛小説や児童書、医学書まで幅広かった。
中には周辺の国の地図まであり想像が膨らんで楽しくなった。旅行書を訳してみるのも良いかもしれない。
今は恋愛小説である。隣国ではお飾りの妻という言葉が流行っているらしい。
私も同じだわと思ったが悲しくなるようなことはなかった。
ロビンは他人のようなものだったのだから。
適当に切り上げて、サラを呼んでお風呂に入った。さあ寝ようかと思った時扉がノックされた。
ガウンを羽織り扉を開けるとロビンが立っていた。
「あら旦那様、何か御用ですか?」
「おやすみを言おうと思ってね」
「わざわざすみません。ではおやすみなさいませ」
「おやすみ、いい夢をウィステリア」
「いい夢を」
また二言だったわ、おやすみの挨拶ができるようになったのね。
寝るとしましょう。今日は活動をしたから眠くなってしまったわ。ベッドに入ると直ぐに眠ってしまった。
ロビンは湯上がりの妻の色気に当てられ、言葉がなかなか出てこなかった。
やっと絞り出した言葉が おやすみいい夢を だけだ。
はあーっとため息をついた。何をやっているんだ俺は。
半年の間に妻の心を絆さないと、捨てられるんだぞ。
自分で蒔いた種は何としてでも刈り取らなければと改めて言い聞かせた。
翌日服飾店から採寸をしたいので伺いたいと連絡が来たので昼食の時に伝えた。
「ドレスを作るのですね、一回だけですから吊るしの物で構いませんのに」
「侯爵夫人として恥ずかしくないようなものを着てもらいたいんだ」
「それはそうですわね、失礼いたしました。やり遂げてみせますわ、虫よけでしたら仲の良い振りをしないと駄目ですけど、もう少し先ですからまだいいですわね」
「本番のために少しずつ仲の良い練習をしてもらえないだろうか?」
「三ヶ月先の夜会でしたよね。一週間前でも大丈夫ですわ。何なら当日だけでも良いかと思いますが」
「そこを何とか妥協してもらって、今から少しずつお願いできればありがたいのだが」
「お断りします。何故私ばかり要望を聞かなくてはいけないのですか?我慢した結果がこれなのです。記憶を失っている状態がどれだけ不安なのか考えていただいたことがあるのでしょうか」
「すまない、自分に都合の良いことばかり考えていた。君とやり直したいとか、半年の猶予をくれとかどの口が言っているのかと自分でも思う。
でも君が僕を必要としてくれるのを望んでいる私がいるんだ。頑張ってみせるから時間が欲しい」
「半年の約束なのでそれまではいます。後は自由にさせていただきます」
「どうやって暮らしていくつもりでいるの?」
「旦那様にいただいたお金と少しの蓄えがあります。贅沢をしなければやっていけるかと思っています」
「君は貴族で生活のあれこれはできないだろう。どうするつもり?」
「サラが一緒に来てくれます。力を合わせて生きていきますわ」
「君の心にとてつもない大きな傷を残してしまったんだね。私はどうしようもない男だ。謝る勇気をなかなか持てず君を酷い目に遭わせた」
「記憶がないので、なんとも思っていませんわ。恨む気持ちはありませんのでお気になさらず」
結婚式の時に戻れるならと性懲りもなく思ってしまったロビンだった。
あの時仕事に行ってしまったばかりに妻をこんなに傷つけてしまった。初夜で蔑ろにされた新妻が受ける傷を考えていなかった。最悪な男だ。
何が国政か、家族になった人も守れていない。自分の行動がそのまま返ってきた。
どんな思いで一年間過ごしてきたのだろう。過労で倒れるまで働いて、帰らぬ夫をどんな思いで見ていたのか。
愛人がいると思っていたのかもしれない。だから別れたいと思ったのか。
ロビンは逃げていただけの自分を殴ってやりたいと心の底から思い唇を噛み締めた。
屋敷から妻が倒れたと連絡を貰い、ベッドに眠っている妻を見て胸が締め付けられた。
頭を思い切り殴られたようだった。
妻は真っ白な顔をして人形のように眠っていた。
誤字脱字報告ありがとうございます。助かっています。
時間をおいて読み返しましたら引っかりを覚えた箇所がありましたので修正をしました。ストーリー的に変わりはありません。