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言葉とメロンパン(5)完

 福音ベーカリーの店員は、二十歳そこそこの若い青年だった。青年というより「男子」と言いたくなるような雰囲気だった。まだ巣立ちできていない雛鳥のような瑞々しさもある。


 髪の毛は黒髪だった。短めに切り揃え、ちょっとツンツンとしている。このせいで、余計に雛鳥っぽく見えるのかもしれない。


 そんな幼い雰囲気の店員だったが、眉毛はキリキリと凛々しく、昔の武士のような意志の強そうな目をしていた。今は雛鳥のようだが、大人になって成熟したら、かなりのイケメンになりそうだった。


 まだ体格も弱々しい雰囲気もあるが、白いコックコートもよく似合い、腰に巻いている若草色のエプロンも雰囲気にピッタリ似合ってる。


 たぶん、YouTuberやモデルなどをしたら、もっと楽に稼げそうなのに、なぜパン屋?


 しかも相手は自分の事を知っているらしい。コックコートの胸元には「知村柊」という名前が刺繍されてあった。


 柊、ひいらぎ、ヒイラギ。


 ぐるぐると頭の中に彼の名前が渦巻くが、全く知らない名前だった。由佳はトレイとトングを片手に、ただ首を傾げる事しかできなかった。


「あの? もしかしてどこかであった? 息子のお友達だったりする?」

「僕がホームレスになってテスト中の時……。いや、それは言ったらダメか」


 柊は何か意味がわからない事を言っていた。見た目はイケメンだが、もしかしたら不思議くんかもしれない。


「お客様! ようこそ、いらっしゃっいました。今日はメロンパンがおススメですよ!」


 厨房からは、もう一人店員が出てきた。こちらは柊と違い、体格のいい色黒の男だった。パン屋というよりトラックの兄ちゃんのような雰囲気だが、体力仕事のパン屋は体格が良い方が良いのかもしれない。


 こちらも白いコックコートを着ていた。胸元には柊と同じように名前が刺繍され、知村紘一という名前らしい。柊と同じ名前だ。


 紘一は出来立てのメロンパンをトレイから、店のテーブルの上に並べていた。紘一の手は大きく、メロンパンが小さく見えるほどだた。


「お兄ちゃん、メロンパン美味しそう」

「おいおい、柊。仕事中だよ。静かにしような」


 どうやら紘一と柊は兄弟らしい。確かに凛々しい眉毛は二人ともそっくりだった。


「出来たてのメロンパンです。天使のメロンパンですので、美味しいです!」

「そうだよ、由佳さん。メロンパンにしようよ」


 兄弟二人がかりでオススメされてしまい、由佳は断れない雰囲気になってしまった。


 店内のテーブルの上には、数々のパンがあった。メロンパンだけでなくチョココロネやジャムパン、シナモンロールなども美味しそうだった。他に平べったいクラッカーみたいなパン、三つ編み状の大きなパンもあったりして、普通のパン屋とは少し違うようだった。


 兄弟店員に二人がかりですすめられたせいでは無いが、やはり出来立てのメロンパンが気になってきた。ふわふわな表面が印象的だ。表面のザラメが、反射してキラキラ光っているようにも見えた。カロリーの数字が頭の中で踊るが、どうしても食べたくなってしまった。しかし、カロリーが……。天使のパンというより、悪魔のパンではないか?


「今、悪魔のパンって思ったでしょ?」


 紘一がニコニコ笑顔で、由佳の思っている事を当てた。


「え、だって。このカロリーすごいと思うけど……」

「天使のパンだから、大丈夫。太らないよ!」


 柊は、やたらとハッキリと断言していた。


「言葉って強いんだよ。そう思えば、そうなる。このメロンパンだってメロン果汁は一滴も使ってないけど、なんとなくメロンの味すると思うよ」

「それはわかるよ。言霊ってやつね」


 柊の言葉に同意したが、なぜか兄弟はニヤニヤと目配せしていた。


「でも、一番強いのは神様の言葉、いわゆる聖書の言葉なんだよね。なんか悪口とか言われたら、聖書の御言葉を宣言して断ち切るといいよ」


 そう紘一に言われても、由佳は全くピンとこない。


 とりあえず、トレイには出来立てのメロンパンをたくさん載せてみた。ふわふわとメープルシロップのような香りがして、由佳の頭の中にある「?」も、どうでも良くなってきた。


「お会計お願いします」


 財布を取り出そうとしたが、なぜか二人とも止められてしまった。


「いつか、助けてくれたお礼だよ。タダでいいよ。今日も一万円、無駄にしてたじゃん」


 なぜか柊にそう言われ、全額パン代はタダになってしまった。


「えー、何で私がホームレスに一万円札あげた事知ってるんですか?」


 柊や紘一に問い詰めたが、二人ともニコニコ笑っているだけで、全く答えてくれなかった。


 その後、家に帰ってメロンパンを食べた。まだ少し暖かく、表面はサクサク、中は雲のようにフワフワだった。確かにメロンの味なんてしないが、メロンのようなジューシーな甘さは感じたりしていた。メロンパンの起源は色々あるが、形がメロンに似てる説やメレンゲパンが鈍った説もあり、本物をメロン果汁が入っているメロンパンというわけでは無いらしい。


 あっという間に一個食べてしまい、夫や息子のもあげた。このメロンパンは夫や息子にも大好評で、いつの間にかケンカも終わってしまった。ハイカロリーなメロンパだったが、特に体重の変化は無く、虫歯もできなかった。


 やっぱり天使のパン?


 同時に柊が言っていた、神様の言葉が一番強いと言っていた事が気になってしまった。ネットで聖書を取り寄せ、何となく開いてみたら、目から鱗だった。


「あれ? 聖書ってスピリチュアルと似てるけど、全く似てない箇所もいっぱいある?」


 聖書を読んでいたら、そんな風に思うようになった。確かに言霊や言葉に力があるのは、本当だが、自分の欲望の為にそれを使うのは、間違っていた? 


 特に旧約聖書・箴言18章あたりの「人はその口の結ぶ実によって腹を満たし、そのくちびるによる収穫に満たされる。死と生は舌に支配される。どちらかを愛して、人はその実を食べる」という箇所を読むと、耳が痛くなってきた。


 本当はもっと別の目的で、その力を使うのが正しかったりした?


 それに「だれでもこの山に、動き出して、海の中にはいれと言い、その言ったことは必ず成ると、心に疑わないで信じるなら、そのとおりに成るであろう。そこで、あなたがたに言うが、なんでも祈り求めることは、すでにかなえられたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになるであろう。(マルコ11:23~24より)」という聖書の言葉も引き寄せの法則と似てるというかパクリ? 引き寄せでは、すでに願いが叶ったかのように行動しろと言われていた。


 どう考えても引き寄せより聖書の方が古いはずだ。


「どういう事?」


 再び、由佳の頭の中に「?」が踊るが、答えはよくわからない。見つかりそうで、見つからないような気持ち悪さが胸を襲う。


 心の底では、スピリチュアルはもう辞めたいと思っていた。誰かが、「もうそれは辞めなさい」と訴えているようだった。とりあえず、すでに予約していた一子のセミナーはキャンセルし、SNSも退会してしまった。


「あのパン屋の二人が何か知ってるのかもしれない」


 いてもたってもいられず、由佳は再び福音ベーカリーに足を運んでいた。なぜか気分は晴れやかで、甘ったるいメープルシロップの香りを嗅ぎたくなっていた。

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