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いのちのパン屋さん〜二回目の光〜  作者: 地野千塩


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妻の為のシュトレン(4)完

 シュトレンは数日かけて半分ぐらいになっていた。あと数日で、クリスマスだったが、全部食べられそうになかった。


 夫の部屋の遺品整理は続けていた。服やカバンはほとんど片付く。子供はセーターなどが欲しいと言っていたので、少し送ったが、スーツや下着はどうしようもないので、まとめて捨てた。


 テーブルや机も業者に引き取ってもらい、最後に本棚も片付けた。本棚の中身は、最近出た小説や新書ばかりだったので、これは古本屋に引き取って貰うのが良いだろう。


 問題は聖書だった。夫が生前読んでいた聖書がでてきた。ブルーの表紙の新改訳2017という聖書だったが、よく読み込まれ、小口や表紙もボロボロだった。ここまで読み込まれた聖書は、幸せなのかもしれない。こっちを棺に入れた方が良い気もしたが、この厚みだったら、燃え残る可能性もあっただろう。


 薫子は、片付け中の雑然とした部屋で、この聖書をペラペラとめくる。礼拝中の説教もメモしているのか、書き込みや付箋もいっぱいだった。これは古本屋に持っていくのは難しそうだった。


 ペラペラとめくっただけだが、意外な事も書いてある。罪とは犯罪ではなく、神様を知らずに自分勝手に生きる事らしい。創世記の三章というところに夫の文字で書き込みがあった。


 全体的に字は小さく、紙質もペラペラで、読みにくい。薫子老眼鏡を使い、さらに適当にめくる。


 夫が書いた書き込みのほとんどは、神学的な事で、意味がわからない。聖書の本文も、歴史書のようで難しい。こんな分厚い書物が読んでいた夫が、信じられない気持ちになる。


「あれ?」


 新約聖書のエペソ信徒への手紙という箇所は、やたらと付箋や書き込みが多かった。夫婦についてアドバイスが書かれたような箇所もあり、アンダーラインもいっぱい引いてあった。


「夫たちよ。キリストが教会を愛し、教会のためにご自分を献げられらように、あなたがたも妻を愛しなさい」とエペソ信徒への手紙5章25節に書いてあったが、となりに付箋が貼ってあった。付箋には「5章25節は難しいな。自分を犠牲に出来るほどイエス様のように愛せているかな、薫子を」と書いてあった。


「え……」


 他にもエペソ信徒への手紙という箇所には、付箋が貼ってあった。まるで自分へのラブレターのような告白も書いてあり、薫子の表情は真っ赤になっていた。


「知らなかったよ。夫がここまで、私を……」


 恥ずかしくて仕方なくなり、ページを閉じようとしたが、付箋が一枚、どこからか落ちた。そこには、もっと恥ずかしい事が書いてある。


「薫子と一緒に天国に行きたいよ。そのためには、クリスチャンになって欲しいけど。まあ、無理矢理信じさせるのは、だめだよな〜。でも、それぐらい薫子を愛してる」


 意味がわからない。表の態度と聖書の付箋が全く一致しない。


 生前の口下手で頑固そうな夫の顔を思い浮かべながら、「不器用な人」という感想しか思い浮かばない。シュトレンの件も、遠回しにするのではなく、はっきりと言えば良いのに。できれば生きている間にそうしてくれれば良かったのに。


 薫子は聖書を閉じ、少し苦笑していた。宗教には興味は無いが、夫が伝えたかった事は、もう少し知っても良いかもしれない。


 ふと、福音ベーカリーの店員二人の顔が浮かぶ。この聖書のことや天国、福音の事も何か知っているかもしれない。


 普段だったら、この聖書を見てもスルーしてたかもしれないが、今はちょうどクリスマスだ。シュトレンも半分余っているし、美味しい食べ方でも聞くついでに柊や紘一に会いに行っても良いだろう。


 気づくと、死んだ後の不安は、前よりも小さくなっているようだった。きっと、これが自分の終活になるのかもしれない。意外と楽しそうな終活にも思えて、心は浮き立っていた。


 薫子は、幸せそうな聖書を胸に抱きしめた。もう夫はいないが、ここに想いが残ってる気がした。

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