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いのちのパン屋さん〜二回目の光〜  作者: 地野千塩


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妻の為のシュトレン(1)

 死んだ夫からシュトレンが届いた。小さな小包として、福音ベーカリーというパン屋から送られてきた。


 慌てて中身を開けたら、シュトレンが入っていた。福音ベーカリーというパン屋のショップカードや、紙も一枚入っていた。十一月の中旬、夫が注文し、十二月の初旬に家に届くよう予約注文したもののようだった。


 元々夫は具合が悪く、入退院を繰り返していた。もう七十歳にも近く、医者からは覚悟するように言われていたが、年は越せると思っていた。


 しかし、十一月の下旬で自宅で倒れ、あとはあっという間に弱って行き、息を引き取った。葬儀も終え、ようやく一息ついた時に届いたシュトレン。


 妻である建石薫子は、自宅の届いたシュトレンを目の前に困惑していた。


 夫は、決して良い人物ではなかった。別に今で言うモラハラや不倫などをしたわけでも無いが、言葉足らずの事も多く、不器用で子供の教育方針ともすれ違い、いつの間にか溝ができていた。


 お見合い結婚だったせいもあるかもしれないが、「おしどり夫婦」とは決して言えない。夫が定年退職し、子供も結婚してからさらに居心地が悪くなり、薫子は地域のボランティアやパートに出るようになったほどだった。


 夫は聖マリアアザミ学園で教職員をしていた為、やたらと学歴にうるさかった。一方、薫子は学歴のは否定派で、のびのびとさせたかった。


 実際、子供は大して成績も上がらず、あまり良い大学に行けなかったが、結婚してそれなりに人生を楽しんでいるようだった。


 そう思うと、夫には勝ったような気分にもなったが、もう彼はいない。葬儀の慌ただしさが終わった瞬間に届いたシュトレンを食べるべきなのか、何なのかよくわからない。


 そもそも何でシュトレンなんて送ってきたのかもわからない。特にシュトレンが好きだった記憶もないし、夫のせがんだ事もない。


 とりあえず箱から出してみた。箱の底には、もう一枚チラシのようなものが入っていた。どうやら、このシュトレンを作った福音ベーカリーの店員が書いたものらしい。イラストや手書きの文字も印刷され、手作り感は溢れていた。


 チラシにはシュトレンの起源などの豆知識も出ていた。元々ドイツのお菓子で、日持ちもして、クリスマス時期にアドベントとして楽しむものらしい。諸説あるらしいが、独自の形からトンネルという意味や、イエス・キリストの毛布やゆりかごを表している説もあるらしい。


 この福音ベーカリーの店主はクリスチャンのようで、チラシには聖書も引用されて書かれていた。


「神は、そのの独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。(ヨハネによる福音書3章16節)」


 その聖書の言葉のそばには、ツリーやリース、天使のイラストも描かれ、華やかクリスマスの雰囲気で満ちていた。


 夫は定年退職後、終活もしていて、クリスチャンになっていた。薫子は、夫が残した終活ノートに従い、キリスト教式の葬儀で送り出した。日曜日には教会に行っていたみたいだが、薫子には、あまりその事も話したがらなかった事も思い出す。


 一度福音というのも教えて貰った事もあるが、一般的な無宗教の薫子はピンとこず、その話はそれで終わった。


 キリスト教式の葬儀は、意外と明るかったが、薫子の親戚連中は、ヒソヒソと仏教の方が良いとかは言っていた。


 棺の中には、聖書を入れてあげたかった。就活ノートには書いてなかったが、牧師はそうしようと言っていた。ただ、本は意外と燃えにくいと葬儀会社の人に言われ、新訳聖書だけ入った薄くて軽いものを棺に入れた。夫が普段読んでいる聖書は、どこにあったかわからない。これから夫の部屋を整理しようと思ったら、どっと疲れる気分だ。


 目の前には、粉砂糖が雪のように積もっているシュトレン。洋酒の良い香りもするが、遺品整理の事も考えると、食べる気にはなれない。


 夫の死を見て薫子も、この先は長く無い事も実感していた。友達も年々減っていき、老人ホームや病院にいる者とは、ほとんど連絡が取れない。


 今の薫子は、足腰もだんだんと弱ってきた。幸いな事の大きな病気はした事はないが、健康診断を受けるたびに、良い気分はしない。時々血圧の数値に引っかかったりもする。


 死んだら、人間は一体どこに行くのだろうか。


 無宗教の薫子だったが、人は死んで無になる割には、手厚く葬儀をされていると思う。薫子だって死人の悪口は何となく言えないし、夫へのモヤモヤした感情も発散出来ずにいた。


 薫子は、夫が終活をしていた姿を横目に、「理解できない」と思っていたが、今は何となく、彼の気持ちもわかる。


 死んだら、どうなるんだろうか。


 今までずっと考えずに生きていたが、そろそろ考える時期なのかもしれない。


 手付かずで真白いシュトレンを眺めながら、死への恐怖は、徐々に増えていった。

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