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言葉とメロンパン(4)

 いつも通り、家に帰る為に住宅街を歩いているはずだった。再びお腹がすき、情け無い音が響く。お腹の虫というやつだった。


「あれ? なんかいい匂い」


 いつもの住宅街だが、鼻にパンかお菓子の焼けるような良い香りが秋風に乗って届いた。小麦粉、バター、それにメイプルシロップのような甘い香りがする。余計に由佳の腹は鳴ってくる。


「こんな所にパン屋なんてあった?」


 その匂いを辿ると、小さなパンがあった。クリームチーズのような色の壁に、赤い屋根のパン屋だった。見るからにメルヘンな雰囲気で。ちょっと浮いてはいる。隣には教会、依田家がある。依田家はこのあたりでも有名な金持ちの家だった。毎日のようにこの住宅街を歩いていたはずなのに、ちっとも気づかなかった。


 看板も出ていた。福音ベーカリーというパン屋らしい。パン屋の前にはベンチがあり、柴犬が座っていた。看板犬だろう。この犬のおかげで、さらにメルヘンな雰囲気がある。ベンチの周りのは植木鉢もあり、コスモスが風に揺られていた。


 かわいい外観のパン屋とメープルシロップのような良い匂いに、由佳の自制心は乱されていた。体重を考えると、糖質だらけのパンは控えた方が良いだろう。それでもメロンパンやクリームパン、ジャムパン、アップルパイなどの甘くて柔らかく、サクサク生地のパンがいっぱい頭に浮かんでいた。


 これも自分の意識で引き寄せた事だろうか。全くイメージングもアファメーションもしていなかったが、こんなパン屋があるなんてラッキーな気がした。今すぐ何か甘いパンが食べたかった。


 さらに店に近づくと、黒板状の立て看板がそばにあるのに気づく。柴犬は大人しく、由佳が近づいても吠えなかった。赤い首輪をしていて、ちょこんと座っている姿は可愛らしいが、今は芝犬より立て看板の気を取られていた。


「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は、初めに神と共にあった。万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。ヨハネの福音書1:1-3より」


 この言葉と共に、メロンパンのイラストも描かれていた。どうやら今日はメロンパンがオススメらしい。


 この言葉は聖書のもので、スピリチュアルリーダーの 一子も引用していた。


 なぜ聖書? なぜパン屋で聖書の言葉?


 由佳の頭に「?」がぐるぐると回る。もう一度、屋根にある「福音ベーカリー」の看板を見てる。確か聖書と福音は関係ある言葉だった気がする。由佳は一般的日本人で、宗教などには全く興味はないが、幼稚園はキリスト教関連のところだった。当時の事はよく覚えていないが、確かそんな「福音」と「主に祈り」という言葉は聞いた事がある。おそらくこのパン屋はキリスト教関連か、クリスチャンが経営しているところだろう。


 この聖書の言葉は、一子も引用していた。言葉が大事というのは、わかる。だから「ありがとう」と何度も何度も言っているのだ。喉が枯れるほどに。なぜスピリチュアルで言っている事と聖書が被っているのかは謎だが、この看板を見ていたら、気になってしまった。


「ね、言葉が大事というのは、スピリチュアルでも聖書でも本当よね?」


 柴犬に聞いてみたが、もちろん返事はない。「くうーん」と小さな声で鳴いていたが、モフモフな毛並みやクルクルとした尻尾を見ていたら、食欲が刺激されてしまった。特に尻尾は、シナモンロールのように見えてしまい、自分の食欲も重症らしいと自覚する。これは、早めにパンでも買って食べた方が良いと思い、福音ベーカリーの戸を開けた。


 ドアを開けると、チリンチリンと音がした。どうやら、ドアベルが付いているらしい。


 店内は、さらに小麦粉やメープルシロップのような甘い匂いに包まれ、暖かくて明るい雰囲気だった。今の季節は秋だが、春のハーブ園にでもいるようか感覚がした。パン屋の壁には、綺麗なラベンダー畑の絵も飾ってあり、パンより、それに目を奪われてしまった。


 他にも聖書の言葉が書かれた綺麗なポストカードや色紙などが、さりげなく飾ってあった。宗教が苦手な由佳だったが、こうやってセンスよく飾ってあるのは、悪くないと思ってしまった。店内はオレンジ色の照明で照らされ、狭さはあまり感じない。小さいながらもカフェのようなイートインスペースもあり、俗世間と切り離された異空間のような印象だった。スピリチュアルに染まっていた由佳は「波動が高いってこういうコト?」と心の中で呟いてしまうほどだった。


「由佳さんじゃないですか、お久しぶりです!」


 そこに店員が近づいてきてトレーとトングを渡してくれた。


「え? 何で私の名前を知ってるの? というか、久しぶりってどういう事? あったことあった?」


 再び由佳の頭の中は「?」でいっぱいになっていた。

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