七転び八起きのパネトーネ(2)
更年期障害の為、隣にある飽田市にある大きな総合医病院に行っていたが、待合室では待たされ、疲れてしまった。
まだ昼過ぎだったが、穂麦駅についた時はぐっったりとしていた。昼食も食べる気分になれず、駅ビルに書店や雑貨屋をフラフラと眺めていた。
書店では、更年期障害対策の本も出ていて、ハーブや漢方などの自然療法を紹介したものも出ていた。サエも小麦粉グルテンや白米の血糖値が気になり、食生活も気を使っていた。陰謀論サイトを見ると、添加物や農薬、肉に使われる抗生物質の陰謀も書かれていて、不安になってしまう。
そんな健康情報の本も見るのが疲れてきて、料理の本なども見てみた。もう11月の末で、クリスマスの料理本もいっぱい出ていた。今の料理本は独身世帯や共働き夫婦をメインターゲットにしたものが多く、時短レシピやレンジ料理、作り置きのレシピが人気のようだが、手の込んだクリスマス料理を見ていたら、思わず心が華やいでくる。
イタリアのクリスマス料理・パネトーネもレシピ本で紹介されていた。断面が綺麗なナッツやレーズンが入ったパンだが、パネトーネ種というパン種が無いと出来ないようだ。ドライイーストでも出来るようだが、やっぱりパネトーネ種を入れたものの方が美味しそうに見えてしまった。レシピが紹介されてはいたが、簡単なパンでも無いそうで、二時発酵が難しいなどと記されていた。
そもそも、今は更年期障害の為に料理も気をつけている。グルテンが入った小麦粉のパンも食べたい気分ではない。クリスマスもイエス・キリストの誕生日ではない。クリスマスを祝うのは、悪魔崇拝者だと陰謀論インフルエンサーも言っていた。
サエはため息をつきつつ、クリスマス料理本の立ち読みをやめ、本屋を後にした。
少しお腹も減ってきたので、駅ビルの一階にあるスーパーに立ち寄った。一般的なスーパーよりも割高だが、素材も良いものが多く、サエはよく利用していた。客層も店員もマナーが良く、他のスーパーより買い物がしやすい印象もあった。
スーパーに入ると、こちらもクリスマスムードが漂っていた。入り口そばの特設コーナーには、パネトーネやシュトレンなども販売され、華やかなムードも漂っていた。何か讃美歌のような音楽も流れていたが、サエはまだ何の歌かよくわからない。それでも、讃美歌に耳を傾けていたら、気が軽くなってきた。
ちょうど、そこに五歳ぐらいの子供が走りながら、店舗に入ってきた。いかにもヤンチャそうな子供で、上着も来ていなかった。
「あっ!」
サエが子供に目を向けた瞬間だった。子供は盛大に転んでいた。ヤンチャ坊主らしく平然とした顔を見せていたが、母親がやってきて怒っていた。まだ二十歳そこそこの若い母親だった。このスーパーの客層では、あまり見かけないタイプだった。
「ダメよ。スーパーでは走らないって何度言ったらわかるの? もう何度も失敗するんじゃないの!」
母親は、子供の手を引くと、あっという間サエの前から離れて行ってしまった。
サエには全く関係の無い出来事だったが、母親の声が妙に耳に残ってしまった。サエも子供の頃、よく母親にあんな風に怒られていた。鈍臭いとかノロマだとかよく言われた。そのせいか、自分の子供には褒めて育ててるを徹底してしまい、舐められていた事は否定できない。
再び、食欲は失せてきた。
今の自分も失敗ばかりだった。聖書には、敵を許せとか、隣人を愛する事が書かれている。何が罪かも書いてある。無闇に裁いて怒る事も罪で、自分は少しも守れていない。牧師夫人の今日子への態度も悪い。紅茶をぶちまけてしまった事もあった。失敗ばかりの毎日で、本当にクリスチャンになって良いのかもわからない。
クリスマスに起源にいように拘ってしまうのも、陰謀論を見ていたせいだが、根底には自分への不信感があるからかもしれない。神様のように美しい存在には、とてもなれない。牧師やクリスチャンも清いイメージがあり、何となくハードルも高い。失敗だらけの自分は、教会なんて通って良いのかも自信がなくなってしまった。
そう思うと、店内に流れている讃美歌も、聞いていると耳が痛くなってきた。
「か、帰ろう……」
食欲も失せ、何も買わずに店を出た。




