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いのちのパン屋さん〜二回目の光〜  作者: 地野千塩


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蛇のように賢いパンドーロ(1)

 藍沢今日子は、夫の教会で牧師夫人として、そこを守っている役割をしていた。


 日本のクリスチャン人口は1%と低く、台所事情は厳しいものだった。今日子はパートに出たり、家庭教師をして家計を支えていた。


 教会は一見世間と切り離されたお寺のようなイメージを持つ日本人も多そうだが、実情はそうでもない。ホームレスや生活困難者、病人や登校拒否や家出中の子供の面倒を見る事もあり、社会の暗部も見せられる。今日子はまだ二十五歳だったが、各種福祉支援や精神疾患についても、やたらと詳しかった。


 穂麦市という比較的静かで平和な土地の牧師夫人をしていたわけだが、キラキラ女子にはなれなかった。世間では働いている女性を持ち上げている傾向にもあるが、今の今日子は全く逆のように思えてならなかった。


「だから、私はクリスマスツリーを飾るのは反対なんですよ! というかクリスマスなんて異郷のお祭りなんて、参加したく無いです!」


 ここは、教会の礼拝堂の裏手にある多目的室だ。主に牧師と教会員の面談に使われる。一見、普通の応接室にも見える部屋だが、イスラエルの地図や、イエス・キリストの系図が描かれたポスターなども貼ってあり、ここは教会の一部だと思わされた。


「あのね、サエさん、クリスマスというのは……」


 今日子は内心ビクビクしながらも、目の前にいるサエに向き合った。日向サエは、近所に住む五十過ぎの未亡人だった。肌が綺麗で白髪も全くないので、実年齢よりはかなり若く見える。美人の方だろう。


 旦那は金持ちだったようなので、生活には困っていないそうだが、元々病気もあり、陰謀論にもハマっている変わった女性だった。2020年の秋ごろにクリスチャンになりたいと教会に尋ねてきたが、こうして今日子や牧師に文句を並べる事も多く、洗礼までは至っていなかった。いわゆる求道者だが、聖書の勉強なども全く進んでいなかった。


 どこの教会でも、サエのような立場の求道者はいる。あるあるだ。今は疫病騒ぎのせいか、陰謀論に目覚めてしまったサエのようなタイプも珍しくなく、こうやってクリスマスについても文句を言う。陰謀論界隈では、クリスマスは元々悪魔を祝う祭りで、参加するなと言われているらしい。


「クリスマスのおかげで、教会に心を開いてくれるんだから、良いじゃないですか。特に日本人は宗教自体が嫌いですし」


 今日子はなるべく相手を怒らせないように、やんわりと笑顔を作って説得をこころみた。


 今日子とサエの間にあるテーブルの上には、暖かい紅茶、皿に乗せられたラスクがあった。こもラスクは、この教会の隣にある福音ベーカリーというパン屋で買ったものだった。クリスチャンが経営しているパン屋のようで、時々店員に教会の仕事も手伝ってもらっていた。今は紘一と柊という若い兄弟が運営しているが、ちょっと前は天野蒼というイケメンが一人で運営していた。


 どうやらオーナーは別にいるらしいが、その人については蒼も柊も紘一も教えてくれなかった。ただオーナーは食品ロスにうるさいらしく、夕方ごろ行くと余ったパンをもらえる。余ったパンは、教会にいる生活困難者に持っていく事も多かった。その事を話すと、柊も紘一も泣くほど喜んでいた。二人ともクリスチャンなので、隣人の為になる事は、手放しで喜んいた。


 そんな事を考えつつ、クリスマスの意味などもサエに説明するが、彼女はどんどん心が頑なになっているようだった。


 しまいには、リースはイエス様の荊の冠、クリスマスツリーのオブジェの一つ一つが悪魔を表現したものだと、真意不明な事も言い始めた。


「もしかして、サエさん。いわゆるクリぼっちだったんじゃないですか? 陰謀論はさておき、元々クリスマスが嫌いだから、そう思うんじゃないかな? クリスチャンになれば大丈夫ですよ。クリぼっちにはさせません!」


 今日子は本心からサエを励ますつもりで言っていた。しかし、何が気に入らないのかサエは、ブチギレていた。飲みかけの紅茶を今日子にぶっかけ、捨て台詞を残して去って行った。


「クリスマスなんて、悪魔ニムロデの誕生日だ! 絶対祝わない!」

「ちょっと、サエさん、待ってくださいよ〜」


 紅茶でビチャビチャになった顔や髪を気にせず、サエを追いかけようとしたが、床の段差に躓いて、転んでしまった。教会はお金がないので、今のところバリアフリーなどはできなかった。サエはそんな今日子を無視して、スタスタと帰って行ってしまった。


「うーん、困ったわね」


 今日子は呑気に呟く。サエの妄言はスルーされる可能性は高く、教会では着々とクリスマスの準備が行われていた。

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