14 不軌
劉郃の元に文が届いた。
殺された王萌のあと、永樂少府に就任していた陳球からである。竹簡は泥で封され、陳球の家人がこっそりと届けに来た。
「公は宗室の出で、位は三公に登り、天下から瞻望され、社稷を衛り鎮める方ですのに、なぜ知らん顔をなさっているんでしょうか?今、曹節らはほしいままに害を為し左右に侍ること久しく、また、公の兄君が曹節らの害を受けたことは永楽太后はよくご存知の所です。今一度上表して陽球を司隷校尉に戻しましょう。次こそ曹節らを誅する時です。政に聖主が出、天下太平になる時を待っております」
また、こうもあった。
「尚書の劉納は宦官に恐れられています。彼を歩兵校尉にしてください」
血の毛が引いた。
衛尉と結託した歩兵営が立ち上がり、永樂少府が董太后の権威を盾に政変を起こす。これは武力で今上を廃し、新帝を立てる、という事だ。
そこで気付いた。新帝は誰にする気だ?
……決まっている。判っているだろう?自分だ。そんなこと望んでないのに!
めまいがした。天地が揺らぎ、立っていられない気がした。深呼吸した。あまり変らなかった。
詰んだ。
この計画が露見したら、自分の意志と関係なく、死は確定だ。
自分は既に死んでいるのだ。そう思ったら少しだけ気が楽になった。
(真偽を確かめよう)
一番目立たなそうな相手、劉納に会う事にした。
劉郃は不安な面持ちで尋ねた。
「奴らの耳目はどこにでもいる。事が成る前に禍を受けることを恐れている」
劉納は答えた。
「公は国の棟梁でしょう?国が危ないってのに支えないってんじゃ……何のため大臣をやってらしたんです?」
劉郃は観念した。
「わかった。陽球と話をしよう」
彼らは陽球の家に集まり、計画を立てた。
「私の方は歩兵営を掌握できています。宦官の丞を殺せば、行けます」
劉納の歩兵校尉は劉郃が調整し実現していた。
「曹節、張讓、趙忠は決起の日に殺さねばならん。むろん最優先は曹節」
「来月月初の、曹節の休沐の夜に、曹節が帰ろうとする所を狙うべきです」
「そこは衛兵を使う。私が陣頭に立つ」
「まずは長樂宮から董太后を確保し、董太后に今上の退位を詔させる」
「余計なことをされないよう、尚書台で宦官側の者を殺す必要があるな」
「私が把握しています」
これで行ける、と陽球がうすく笑った時である。
主房の扉が静かに開いた。
ぎょっとして全員の視線が集中する。
知らない男たちが立っていた。
(え?)
突然、何人もの男たちが入り込んできた。。
「逆賊共め!おとなしくお縄につけ!」
その声で官憲と知れた。
彼らは正座して会議していた為、立ち上がれないままに土間に押し倒され、一瞬で制圧された。
混乱と困惑の中で、陽球の疑問はただ一つだった。
門を開いて手引きした者がいる?
倒され転がされ、上を見上げるしかできない陽球の目に、上下さかさに映ったのは入口に静かに立つ程夫人であった。彼女の表情は無であった。夫を、情を交わした者へ対する目ではなかった。陽球はどうしてか納得した。だから「何故」とも聞かなかったし怨み事も言わなかった。
黄門北寺獄に収容された彼らは、そこから出てくる事はなかった。




