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俺解釈三国志  作者: じる
幕間7 酷吏二人(熹平六年/177)
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13 逆襲

 曹節が足を止めた。


 行列の前後が乱れるが、曹節は気にも留めない。


 洛陽北の夏門。曹節の視線の先には腐り、とろけかけた王甫の死骸が晒されていた。「賊臣王甫」いう字はもう読めなくなっていた。王甫の肉を野犬が漁っていた。


 順帝の貴人であった虞貴人が老衰で亡くなった。その葬儀からの帰りである。曹節は陽球に身柄を、命を狙われている事を知っていたが百官が参列するこの葬儀の、公事の列から逮捕することはできないだろう、そう踏んで参列している。


 曹節は王甫になんの親しみも友情も感じた事は無い。だが、哀れみは感じた。


(我ら宦官同士で殺しあうのはそれはそれでよい。だが、なんで陽球いぬころなんぞに汁を舐めさせなきゃならんのだ)


 そして決意した。陽球にしかるべき報いを受けさせねばならないと。


***


 曹節の呼びかけで中常侍達を中心に計画が練られた。


 陽球をなんとしても司隷校尉の座から突き落す必要がある。


その方法は帝に讒言する以外の方法はない。だが、普通に讒言しても、尚書台にも顔が効く陽球は、文書化の時点で妨害してくるだろう。従ってまずは陽球を忙殺し、他の何かを行えない状態を作る必要がある。


 太中大夫、橋玄が生け贄に選ばれた。


***


「ぼうやはこのうちの子かい?」


 その日橋玄の自宅の門前で遊んでいた橋玄の末子は、そう問われて男たちの方を見た瞬間、家に向かい走り出していた。


「ふん!」


 男の一人が持っていた杖を投げる。


「ぎゃん!」


 杖は子供の足に当たり、激しく転倒させる。


「おめえのツラが怖すぎるんだよ。警戒させちまったじゃねーか」

「言えたツラかよ」


 三人が三人共、ガラの悪い……十やそこらの子供の目から見ても怪しい、男たちであった。


「じゃぁ、依頼通り長引かせますか」


 そういうと子供の首根っ子をひっ掴み、持ち上げる。


 子供は鼻から血を流し、足もおかしな方向に曲がっていた。


 ぐすぐすと、そして火の付いた様に泣き始めた子供の様子を気にもせず、子供をぶらさけた男達は橋玄宅の高楼に入っていった。


***


 三公を歴任した橋玄の家で、立て籠り事件が発生した。その一報に陽球はとるものもとりあえず駆けつけた。


 陽球は管轄を越えて河南尹、洛陽令、そして洛陽四部尉を招集した。その配下で橋玄宅を取り囲んだ。蟻すら這い出る事はできない包囲陣である。


 高楼の最上階に、子供を抱いた男が見える。


 陽球は寸鉄も帯びず、独り両手を挙げて橋玄宅の門をくぐる。

 高楼の下から上に向かい叫んだ。


「何が望みだ!?」


 上から、子供の泣き声と共に男の声が降ってきた。


「金だ!」


 陽球は少しだけ安堵した。橋玄の子を殺す様な目に遭うなら、金で解決の方がいい。


「いくら望む!」

「三百万銭!」


 さすがにおかしいと思った。なので問うた。


「運べる額じゃないぞ!?」

「うるせぇ用意して見せろ!」


 緊急で程璜に借りれないか、などと考えながら門外へ戻ると、そこには橋玄が居た。


「この度は」


 見舞いの挨拶をしようとする陽球を橋玄は掌で押し留めて言った。


「司隷校尉。今すぐ兵を突入させたまえ」

「いや、それではおぼっちゃんが」


 案じる陽球に、橋玄は首を横に振った。


「司隷校尉は法家だと聞いていたのだが、違ったかね?」


 陽球は橋玄の言葉が理解できなかった。


「安帝の御世にこういった場合の対処が法で定められている。人質を取るような事件があっても財貨を与えてはならない。賊が増長するからだ。人質も賊も共に殺すように、と。死文化しているが、法は法だぞ」


 陽球は橋玄の今度の言葉は理解できたが、今度は橋玄を理解できなかった。


 躊躇する陽球を、橋玄は大声で叱りつけた。


「たかが玄の一子の命の為に、国賊のほしいままにさせるな!」


 陽球は、叫ぶ橋玄の目がぎゅっと強く瞑られているのを見た。


***


 曹節は讒言の用意をして帝の前に出た。

 橋玄の家に立てこもらせたコロツキ達は、一日や二日は陽球を足留めしてくれるだろう。その間に全てを終わらせるつもりだった。


 だが、帝の前に参上したのは陽球を引き連れた橋玄であった。


「陛下の足元で騒ぎを起こしてしまい、お詫びのしようがありません」


(事件を解決した?こんなに早く?)


 橋玄と、そして陽球の説明に曹節は戦慄した。


(血の繋がった我が子もろともゴロツキを殺した……血も涙もないのか?)


 だが、この説明に陛下は満足されたようだった。


「この法の存在を、再度全国に知らしめるように」


 曹節は橋玄の苛烈に敗北感を覚えた。


***


 だが、結果としてこの事件は陽球にとって致命的だった。


 陽球は申し訳なさから、橋玄の末子の葬儀に参列し、洛陽城外に出てしまったのである。


「陛下。陽球は苛酷な暴吏で免官されていたものを九江での微功を盾に用いられただけの過ちの多い人物で作り話ばかりしております。司隷としてふさわしくありません。暴虐極まります!」


 曹節は涙ながらに訴えた。


(え?曹節って泣くの?)


 劉宏は動揺した。


(でも確かに蔡邕の件は話に無理があった気もする。冷静になったから思うけど)


「じゃぁ一旦衛尉に転属させよう」


 曹節の顔が笑顔に輝いた。


「尚書令に大至急勅を書かせます!」


 そういって後向きに小走りして出ていった。


(現金な爺さんだなぁ)


 劉宏は苦笑した。


***


 恐ろしい勢いで陽球が参内して来た。小走り、という速度ではなかった。


 平伏すると地面に頭を叩き付けて願った。


「清さも気高さもない臣ですが、過分にも鷹犬の任を授かりました。既に王甫、段熲らの狐狸は退治しましたが、天下に示すには未だ不足です。願わくば臣に後一ヶ月お与えください!必ず豺狼鴟梟共を罪に服させます!」


 額から血を流しながら頼み込み、周囲の制止にも叩頭を止めない。


 さすがの劉宏も殿上から声を荒げた。


「衛尉は我が詔に従えぬというのか?」


 それでも懇願をやめなかったが、三度の懇願で帝を翻意させる事ができない、と知ると衛尉の印綬を受け取り、とぼとぼと帰っていった。


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