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俺解釈三国志  作者: じる
幕間7 酷吏二人(熹平六年/177)
89/173

8 鴻都門學(熹平七年/178)

 三月。帝からおどろくべき詔が発せられた。


 百官の前で尚書令の陽球が尺一を掲げ、読み上げる。


「鴻都門に新たに鴻都門學を設立する。扱いは太學と同じくする。学生の基準に関して樂松が適切な制を検討せよ。また鴻都門学の壁面に初代の学生三十二人の図象を描いて讃えよ」


 ざわつく百官。


 鴻都門に建造された、芸人達の建物。あの建物を鴻都文學と名付け、太學に並ぶ国の正式な教育機関とする、というものである。帝の私費で賄われてきた物の、制度化である。更に、鴻都門學の建物には芸人三十二人の図象を描いて讃えよ、という。


 職務上、陽球は帝の喉舌である。詔を各部へ伝達する必要がある。そこで詔を読み上げたが、すぐさまその場で帝への反論の上表を行なった。


「詔を承りましたが、鴻都文學の樂松江覽ら三十二人を讃える図像を描かせ、勧学の助けとなさるとか。臣は伝え聞きます。『君が為されることは必ず史書に記載せねばならず、史書に不法が載れば子孫はそれをどう思えばいいのか?』と」


 馬日磾がしまった、という顔になる。諌議大夫の自分がお諌めするべき場面である。とはいえ、なんの準備もできていない。そも尚書令より先に詔の内容を把握することなど不可能である。


「考えますと樂松、江覽らは皆微蔑の出の小人です。それが親戚を頼り権豪に附託し、ご機嫌をとって這い上がっただけの事です。賦の一篇を献上し鳥篆を簡に満たし、その程度で位、郎中に登ったものです」


 侍中として列席していた樂松らが皆嫌な顔をする。


「臣は聞きます。図像を設けるのは勧戒を昭らかにし、人君をして得失の鑑となって欲しいからだと。豎子小人が文頌を詐作し天官を盗んで図像にしてもらうなど聞いたこともありません。聖化を明らかにするのは太學東観があれば事足ります。願わくば鴻都から選ぶのを罷め、以て天下の誹りを消してください」


 尚書の劉納は意外に思った。宦官に阿るだけの尚書令だと思っていたから。

 宦官の王甫も意外に思った。宦官に阿るだけの尚書令だと思っていたから。


「次」


 当然の顔をして、帝劉宏はこの上奏を無視した。


***


「帝は御不興だったぞ。なぜあんな上奏を?鴻都門の芸人が嫌いかね?」


 次の休沐の時、宿下がりした王甫は、御用を聞きに来た陽球に聞いてみた。


「争う相手は少ない程良いので」


 陽球の答えに王甫は納得した。官職には定員というものがある。その空き席を士太夫たちが争っている現状に、芸人達が参入してしまったら、士太夫達に割り当たる席は半減してしまう。


「そんなに出世が大事かね?」

「ええ、この上無く」


 にっこりと陽球は笑って、王甫の元から辞した。


 正房から出た陽球は林立する蔵の間を抜け、美しい池と高楼の庭に至る。王甫もまた、豪邸の主なのである。門への経路も実に美々しいものだった。


 その池のほとりで、拱手して待つ若い男が一人。


「陽尚書令。お初にお目に掛かります。前の沛相で王吉と申します」

「中常侍の?」

「はい、養子です。お話よろしいでしょうか?」


 あきらかに不快な顔をした陽球を無視し、王吉は勝手に話はじめた。


「吉めに陽尚書令の野望……いや、偉業を手伝わせてください」

「どういう意味かわかりませんな?」

「陽尚書令は司隷校尉になって、申韓の術を大いに振るいたい。違いますか?」

「……」


 とっさに否定できなかった。肯定したも同じ、そう考えて王吉はにやりと笑った。


「宦官を油断させるために下卑た行動をなさってますね」


 陽球の右手が、握られ、開かれる。普段なら帯刀している位置である。それを見ても王吉は言葉を止めなかった。


「尚書令になったのは選部尚書を支配下に置くためでしょう?来年の人事を左右するために」


 陽球の顔から表情が消えた。陽球は肩の力を抜き両手を軽く開いて前に重心を移す。縊り殺す、という覚悟を見ても、王吉の口は塞がらなかった。


「大変素晴らしいお考えです。吉も陽司隷の辣腕を見たいと熱望しております」

「はぁ?」


 陽球が間抜けな声を上げた。


「吉は、法が法として厳密に執行されるのを見たいのです。洛陽にうずまく巨大な悪がことごとく法の網に掛かるのを見たいのです。法を破るものは罪人です。罪には罰が与えられねばなりません。法を破って罰がないなどあって良いことではない。司隷校尉の職掌の範囲全ての不法が罪に問われるのが見たい。洛陽の罪の全てに罰が降り注ぐのが見たい。ああ、そうなれば父はきっと断罪されるでしょうね?吉も連座させられるのでしょうか?でも仕方無い。法の公平は君臣父子の絆より上にあるのですから」


 王吉は熱く、そして早口で語った。目は宙天を向いていた。


「……君は正気で言っているのかね?」

「ええ。こと、この件に関して、私は永遠に、あなたの味方です」


 そういって王吉は満面の笑みを浮かべた。


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