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俺解釈三国志  作者: じる
第六話 孟徳出世 (熹平二年/173)
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2 陰謀

 豫州は洛陽の東南に接する州である。

 その豫州の中で、更に東南の端に沛国はあり、その東は徐州に接している。曹操の住む譙は沛国の中では西端、洛陽寄りに位置する。

 それに対し雎水のほとりに立つ相県は沛国の中心に立地する。ここは、沛王劉琮が封じられている、沛国の治所である。


 その市場の雑踏の中に曹操は居た。


 夏侯惇はもちろん、夏侯淵も譙に残した。譙で何かあった時、対応できる者が必要だったからである。

 そして曹操は一人、途方に暮れていた。


(元讓がハメられた理由を見付けにここまで来てはみたが……)


 市場は多くの人で賑わっている。


(さて、どこからはじめたものか)


 夏侯惇は誰かの陰謀で、濡れ衣を着せられたのだろう。誰か、はおそらく、沛国の上層部にいる。しかし曹操は沛王劉琮の仕業ではない、と睨んでいる。


 そもそも漢家の法では国王には行政上の実権は無く、郡であれば太守に相当する国相が国の統治を行う。現在の相は魏愔。数ヵ月前に同じ豫州の隣国陳から沛国へ転任してきたばかりの男である。


(どう考えても沛国相が怪しい)


 当然の結論であった。


(だが何故?)


 沛国相が元讓をハメる理由が判らない。


 金か?


 夏侯家は貧しいと言うことは無いが、裕福という程ではない。

 曹家とは曹嵩の妾になったことで接点はあるが、曹家自体は沛の大地主である丁家とのつながりの方を大事にしている。そういう意味で夏侯家は曹家のお零れに与りそこねている家である。夏侯家を脅しても金にはならないだろう。


 怨恨か?


 来たばかりの国相と元讓とに接点があるとも思えない。


 龍亢桓氏に頼まれた?


 師匠側がただ捕まっただけなのに、一徒弟である元讓を殺人犯にするなぞ意味が無さすぎる。


 曹操の思考はぐるぐると回ったが、結論にたどり着かない。


(……まずは聞き込みか)


 曹操は結論を棚上げすることにした。


***


(またも成果は無しか……)


 市場に居る人々から探った魏愔の姿は無味無臭。特段良いこともしていないが、悪いこともしていない。むしろ何かしていたという覚えのある人に遭遇しなかった。


(それもそうかもしれないな)


 まだ来て数ヵ月の国相である。専横が目立つようであれば、とっくに曹操の耳には入っていただろう。


 国相の主要業務として、徴税、軍事、司法がある。


 徴税はその時期ではない。郡が動かねばならない程の軍事行動の必要な反乱も起きていない。司法の濫用、というのが元讓に降り掛かった災難に近いが、市井に対しては誠におとなしいようだ。


(無闇な徴収や、無辜の住民を虐待するような奴であればわかりやすかったのに)


 実際、そういう県令や太守は居る。賄賂を宦官に贈って地方官になり、現地で縦横ほしいままに振る舞い、元を取ろうとする者達である。


 だが、魏愔はそうでもないらしい。


 もし元讓に仕掛けられていなければ、曹操も「平凡で邪魔にならないいい国相」くらいに思っていたかもしれない。


(それにしても、疲れた……)


 聞き込み、というのは存外難しい、曹操はそれを痛感していた。


 忙しくなさそうな人間に話し掛け、延々と世間話をしながら、不自然でないように国相の評判を聞く。

 その手間自体が面倒だが、それよりも相手を選ぶ事に疲れ果てた。

 口が軽くてなんでも相手に追従してしまう奴には聞くだけ無駄だし、忙しい人間には世間話はできない。相手がうっかり役人だったりしないように見定めにも力を使う。

 ここは国相のお膝元である。どこに目や耳が配置されているかしれたものではなかった。

 誰かこの町に信頼できる知り合いが居ればよかったのだが……


(俺が家督を継いだら、ここにも協力者を置こう)


 信頼できる協力者を各地に配置し、問題を未然に解決する。自分で手が伸ばせる範囲などたかが知れているのだ。


(親父殿は暢気すぎるからな……)


 だが自分が費亭侯を嗣ぐなどずいぶん先の話だろう。曹操は疲れを振り切って聞き込みを続けた。


***


 一つだけ、ひっかかる情報があった。


 それは雎水に臨む、相県の舟付き場での事である。

 次の舟を待つ沖中仕が定期的な舟の行き来について愚痴ったのである。


「ああ、五日毎にカミから来てその日のうちに帰ってくよ。役人が一人乗ってるだけで荷の一つも載せてねぇんだ。もったいないよなぁ」


 荷揚げで日銭を稼ぐ沖中仕にとってはこういう連絡船は邪魔なだけ。つまり愚痴である。その愚痴に頷きながら曹操は考える。


 この場合の上とは雎水の上流である。雎水の上流には陳国があり、沙水を経由して陳県に至る。


(未だに前任国と交通があるのか……引き継ぎか?)


 陳国相の後任は、確か師遷、という人物だった筈。


(いや、おかしい)


 舟で交通するほどの引き継ぎが残る筈が無い。そんなもの魏愔が国相の印綬を師遷に渡す時に引き継いだ筈。それが終わらないのに師遷が魏愔をやすやす送り出す筈がない。いったん国相になった以上、国の命令無しで国境の外へ足を踏み出すことはできないのだから。


(この交通になにかある?)


 五日毎、といえば休沐の周期である。陳国からの使いは沛国へではなく、自分の屋敷に下がった魏愔個人の所へ来ているのではなかろうか?


 何の話をしているんだ?……確かめる必要がありそうだ。


「ふうん、で、最近その舟が来たのはいつなんだい?」


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