9 敗北の後で
陽明皇帝に二度目の奇跡は起きなかった。
臧旻の軍は許昌の軍を粉砕した。
許昌親子は句章から逃げ出し、近隣の信者の間を布教しながら点々としている。臧旻らは血眼になって追っている。長い長い追跡と逃走のはじまりである。
今夜も信者の納屋を借り一夜を過ごすことにした。
「親父、俺達いつまでこうやって逃げてればいいんだ?」
許韶は疲れた顔で言った。
「ん?」
だが、父の許昌は楽しそうに答えた。
「いつまでって、そりゃいつまででもさ」
薄暗い納屋で、破れた天井を見上げる。
「一勝しかできなかったが、わしらは確かに勝った」
天井のすき間から、星が瞬いているのが見えた。
「だから、奴らはわしらを放っておけない。わしとお前を殺すまで、奴らは安心できない」
でなければ必死に捜索したりはすまい。
「洛陽の腐った連中が、金目当てでこの會稽の地に来ることはないわけだ。反乱が終わってないんだからな」
当分の間、この地に派遣される県令、太守はまともな奴の筈だ。
許昌は星に死んでいった信者を重ね、思い出していた。
「みんなが戦ってくれたおかげで、この一帯の悪い役人はいなくなった」
それが判るから、誰も二人を密告しようとしない。かばってくれる。
「死んでいった皆は、残された者達の為に善行を為している、と言える。功徳じゃな。少なくともわしはそう思う。だから、皆が来世に幸せな人になれることを願っておるのよ」
許韶はそれほど真剣に浮屠を信じているわけではない。だから父の言うことが今一つ腑に落ちない。だが父が言うならそうなんだろう。
「だからわしらのやることは決まっているだろう。皆の幸せが続くよう、死ぬまで、さ」
會稽妖賊の許昌。その反乱の終息には臧旻をして二年を要した。
熹平三年の十一月、二人は斬られ、その首は洛陽へ運ばれ、晒された。
(了)




