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俺解釈三国志  作者: じる
第五話 會稽の妖賊(熹平元年/172)
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6 犒師

 丹陽と呉の兵を率いた揚州刺史が賊軍の包囲陣を後ろから強襲し、山陰城を解囲。

 四百余りの死体と二千を超える捕虜を残し、賊は逃げ去った。


 料理の手配、酒の手配、場の割り付け、席の上下。

 朱儁は包囲されている間よりも忙しかった。

 犒師こうし……軍を労う会が開かれるのだ。


 捕虜達に戦場を清めさせる。死体、排泄物、竈や野営の跡を戦場から拭い去る。

 その際、朱儁は捕虜達の尋問も行った。


「餘姚県が襲われ、あっという間に占領されました」

「県令は逃げたそうです」

「家を焼かれ、一緒に来るよう脅されました」

「毎日変な呪文を唱えさせられました」


 捕虜達は賊軍に寇掠された途中の県の者達だった。脅されて賊軍に加えられていた。

 彼らが早々に降伏したのは士気が全く無かったからである。

 なるほどこんな連中では城を力攻めするわけにはいかない。


 途中で寇掠された県の一つは朱儁の出身地、上虞であった。

 彼自身は母を連れ山陰に赴任しているので被害はないが、顔見知りを何人も見掛ける羽目になった。


 (全員をはやく無罪放免してやらないと。郡の税収にも影響するしな……)


 賊の中心人物とされる、越王許昌も、自称大将軍の許韶も捕まえられなかった。

 賊の中核を為す邪教の信者は二人を逃す為に死んだ。

 反乱を鎮圧できたわけではない。

 この犒師はつかの間の休息に過ぎない。


 はじまった宴席の中、そんな事を考えながら朱儁は功労者の元へ出向いた。


 その若者は、取り巻きの男達と賑やかに酒を飲んでいた。肩を抱かれて嫌がっている若い男に酒を勧め続けていた。


 朱儁は「弟子朱儁再拝間起居 字公偉(こうい)」と書いた名刺を差し出し、「この郡で主簿を勤めております、朱公偉と申します」そう挨拶した。


 若者も返答しようと懐から名刺を差し出す。名刺は赤黒く血に染まっていた。孫堅は苦笑してそれを捨てる。


「孫文臺殿ですな。お名前は門前でお聞きしました」

「失礼いたした。主簿殿も呑んでいかれますかな?」


 おい!と杯を配下に要求する孫堅を朱儁は止め、用件を告げた。


「刺史殿がお呼びです。ご同道いただけますかな?」


 さらに付け加えた。


「もしかすると論功かもしれませんね」


***


「私の面子も考えて欲しい」

「いや、そういう訳にはいかん」


 朱儁と孫堅が城内の、太守と刺史らの席に着いた時、そこは口論の場だった。

 が、口論の一方だった揚州刺史の臧旻が手を挙げて制止する。

 もう一方、會稽太守の尹端も孫堅の顔を見て、話をやめる。


 臧旻が孫堅に向き、語りかける。

 熱を感じない、静かな声だった。


「孫司馬どの。こたびの山陰城門への一番乗り、お見事。が、私としてはそちらより賊の浙江渡河を頓座させた事を評価している。あれは揚州を救う一手だった」


 臧旻は少しだけ微笑むと続けた。


「私はしがない六百石でしかない。私自身が褒賞を与えることはできないが、孫文臺の名は功績大として、功状で報告しよう。洛陽からの褒美を待っていてもらいたい。期待しててくれていい」


 そういうと、関心を無くしたかのようにまた、尹端の方に向き直り、議論を続けはじめた。

 丹陽太守の陳夤が(こういうお方なんだ)といわんばかりに苦笑した。


 朱儁と孫堅を置き去りに、尹端が力説する。


「敵は弱兵だ。今後の対応は會稽の兵だけで事足りる」


 臧旻の答えは静かでかたくなだった。


「私は陛下より、會稽妖賊の殲滅を言われて着任している。そうはいかない」


 尹端が陳夤に話を向ける。


「陳丹陽はどうお考えか?」


 陳夤が首を振って答える。


「我が丹陽兵なら、あの程度一蹴できよう」


 丹陽の兵士は精強として知られていた。


「だが急な出撃で糧食も郡内の備えも足りない。一度戻り、再編成したい所だ」


 郡太守は、在職中は自郡から出ることを原則、禁じられている。今回の様に刺史が指示して他郡に出撃するのは珍しいことである。それもあり郡兵は郡内の治安維持が前提の兵力なので、他郡への出撃の場合の補給に問題を抱えていた。


 臧旻は少し考えて、決断した。


「一度兵を元の郡に返す。再編成し、年明けに集合。全兵力で賊の本拠地句章を叩く」


 それが刺史の決断だった。


***


「まぁ確かに弱かった」


 宴席へ戻る途中、孫堅は朱儁に言った。


「俺が出る程でもないかな」

「『まだ戦い足りない』というかと思ってましたが」


 朱儁の答えに孫堅は笑った。


「いや、こんな相手じゃ滾らない。駄目だな」


 数日して、丹陽兵と、孫堅の兵は帰って行った。


***


 臧旻はすみやかに約束を果たした。

 孫堅は徐州広陵の海岸にある町、鹽瀆県に丞…県長補佐として赴任することになった。

 (丞……かぁ。県長か、悪くて都尉くらいくれると思ってたが)


 丞は県長の補佐をする行政職である。だが、考えてみたら自分は行政などしたことはない。今の自分に県長が勤まるか怪しい。丞で見習いをするのも悪くない気がした。


 (それに、呉にも居辛い感じだしな)


 先日の独断専行はうまくいったものの、呉郡太守とは険悪になっている。

 他の州に異動するのは悪いことではなかった。


 (上とうまくやれないのが俺の駄目なところだねぇ……)


 だがその性分は、今後も変えられない気がした。



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