1 熒惑
「昨晩、熒惑が南斗に入りました」
(太史令の人のはどうしてこう、こ難しく報告するんだろう?)
この報告を聞いた皇帝劉宏が最初に思った事である。同時に
(でもかっこいいなぁ)
そうも思った。
「えっと、その天文の意味する所は何なの?」
太史令がもったいをつけて答える。
「兵乱の兆しでございます。そして斗がさし指し示すのは呉の領域でございました」
揚州の長江の南にある、呉郡周辺で反乱が起きる、というのだ。
「朕はどうすればよい?」
「備えられませ」
「備えろって言われても……」
兵乱の備えであれば、太尉の李咸の職責であろうか。劉宏は李咸を呼び出して諮問した。
李咸はよぼよぼと参上した。
「陛下、咸は病いでこの任に耐えません。骸骨を乞わさせていただきたく存じます」
骸骨を乞う、というのは辞任の申し出である。劉宏とて李咸の体調不良は承知していたが、この急場に変えるわけにはいかない。
「うーん。考えておくから、どうすればいいか教えて」
「揚州南方で邪教がはびこっていると聞いております。揚州刺史に郡兵を率いさせ、鎮圧させなさいませ」
「じゃあ揚州刺史に鎮圧を命じる詔を書かせるね」
「いえ、お待ちくださいませ」
李咸はかぶりを振った。
「今の刺史では勤まりますまい。急ぎ交替させてください。後任は臧旻が良かろうかと」
今の揚州刺史は宦官が利権で送り込んだ者だ。とてもその任は果たせないだろう。冀州で厳しい県令として名を馳せていた臧旻が呼び戻されることになった。
これが十月の話である。會稽に火の手が上がったのは十一月。
彼らは間に合わなかった。




