3 婚姻
「で、どうだった?」
姉の質問に、吳景はとまどった。
「本人の前で答えていいんですか?」
いろいろの後始末をした後、吳景は孫堅を連れて姉の前に報告に来た。後ろに立つ孫堅の評価を本人に聞かせるのは気がひけた。
「本人の事じゃない。言っておあげなさい」
姉の言葉に孫堅の方を振り向く。孫堅はにやにやと笑っていた。姉の方に向き直り、渋々答えた。
「無茶苦茶でしたが、凄かったです」
「そう」
姉もにやにやと笑っている。
もしや試されているのは孫堅ではなく、自分ではないかと吳景は思った。
「この男は私が嫁ぐにふさわしい男だった?」
姉の質問に吳景は答えた。
「いいえ」
唐突に後ろから殺気が吹き上がった。
「どうして?」
首筋に寒いものを覚えながら吳景は答えた。
「凄かったですが、無茶苦茶だったからです」
姉は小首を傾げ、先を促す。
吳景は振り向いて孫堅を指さした。
その指の先の孫堅は目が座り、明らかに怒っているので怯えながら、それでも声を張りあげた。
「こんなやり方じゃすぐに死にます!」
周囲の取り巻きも頷く。皆も孫堅の戦果に驚き、そしてその肝に驚き、失敗した場合の事を考え、肝を冷やしたのである。
「でもこの子、凄い怒ってるわ。このまま帰したらあなた殺されるわよ」
「構いません。それでも姉上を不幸せにするわけにはいきません」
姉はにっこりと、そして優しく笑った。
(姉上のこんな笑顔、初めて見た……)
吳景はそう思ったが、口には出さなかった。
女ははじめて孫堅を直視した。
「あなたの人生、評価させてもらったわ」
フフン、と言わんばかりの得意気な表情で孫堅は応じた。
「私の対価としては、少し足りなかったわ」
孫堅の自慢げな顔が急速に曇った。
「あなたの子の人生も貰わないと、割に合わないわ」
答えに孫堅が自信を取り戻し、大声で、そしてにこやかに答えた。
「江南の男なら当然の事だ!」
この地域の習俗は北方の儒教の孝によるものとは違う、母系の色が濃い社会である。子供は母親の影響を強く受けて当然なのだ。
「婚礼の準備をしましょう。その準備の一環で、あなたには官職に就いてもらうわ。吳家の後押しで偉くなってもらうわよ、あなた」
「お、おう」
着飾らせる為に孫堅が退出させられ、静寂が戻った部屋の中で、弟は姉に尋ねた。
「本当にあの男と結婚するのかい?」
「ええ。どういう事かしらね。ここで是非とも売り込むべき、って私の商機がそう告げているの」
「あの男を官に売り込むのが、吳家にとってどんな商機になるのさ?」
「違うわ。吳家をあの男に売り込むのよ」
弟には姉の言葉が理解できなかった。
「あぁーーーー」
姉が急に伸びをし、姿勢を崩した。
「疲れちゃったわ。呂公と呂雉を同時にこなしたんだから」
これも弟には理解の外である。
「でも、ありがとうね、景。これでも私、ちゃんと幸せになるつもりよ。もし駄目だったら……そうね、それはそれで天命でしょう」
弟にもこれは理解できた。
(了)




