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俺解釈三国志  作者: じる
幕間6 吳氏(熹平元年/172)
55/173

3 婚姻

「で、どうだった?」


 姉の質問に、吳景はとまどった。


「本人の前で答えていいんですか?」


 いろいろの後始末をした後、吳景は孫堅を連れて姉の前に報告に来た。後ろに立つ孫堅の評価を本人に聞かせるのは気がひけた。


「本人の事じゃない。言っておあげなさい」


 姉の言葉に孫堅の方を振り向く。孫堅はにやにやと笑っていた。姉の方に向き直り、渋々答えた。


「無茶苦茶でしたが、凄かったです」

「そう」


 姉もにやにやと笑っている。

 もしや試されているのは孫堅ではなく、自分ではないかと吳景は思った。


「この男は私が嫁ぐにふさわしい男だった?」


 姉の質問に吳景は答えた。


「いいえ」


 唐突に後ろから殺気が吹き上がった。


「どうして?」


 首筋に寒いものを覚えながら吳景は答えた。


「凄かったですが、無茶苦茶だったからです」


 姉は小首を傾げ、先を促す。


 吳景は振り向いて孫堅を指さした。

 その指の先の孫堅は目が座り、明らかに怒っているので怯えながら、それでも声を張りあげた。


「こんなやり方じゃすぐに死にます!」


 周囲の取り巻きも頷く。皆も孫堅の戦果に驚き、そしてその肝に驚き、失敗した場合の事を考え、肝を冷やしたのである。


「でもこの子、凄い怒ってるわ。このまま帰したらあなた殺されるわよ」

「構いません。それでも姉上を不幸せにするわけにはいきません」


 姉はにっこりと、そして優しく笑った。


(姉上のこんな笑顔、初めて見た……)


 吳景はそう思ったが、口には出さなかった。

 女ははじめて孫堅を直視した。


「あなたの人生、評価させてもらったわ」


 フフン、と言わんばかりの得意気な表情で孫堅は応じた。


「私の対価としては、少し足りなかったわ」


 孫堅の自慢げな顔が急速に曇った。


「あなたの子の人生も貰わないと、割に合わないわ」


 答えに孫堅が自信を取り戻し、大声で、そしてにこやかに答えた。


「江南の男なら当然の事だ!」


 この地域の習俗は北方の儒教の孝によるものとは違う、母系の色が濃い社会である。子供は母親の影響を強く受けて当然なのだ。


「婚礼の準備をしましょう。その準備の一環で、あなたには官職に就いてもらうわ。吳家の後押しで偉くなってもらうわよ、あなた」

「お、おう」


 着飾らせる為に孫堅が退出させられ、静寂が戻った部屋の中で、弟は姉に尋ねた。


「本当にあの男と結婚するのかい?」

「ええ。どういう事かしらね。ここで是非とも売り込むべき、って私の商機がそう告げているの」

「あの男を官に売り込むのが、吳家にとってどんな商機になるのさ?」

「違うわ。吳家をあの男に売り込むのよ」


 弟には姉の言葉が理解できなかった。


「あぁーーーー」


 姉が急に伸びをし、姿勢を崩した。


「疲れちゃったわ。呂公と呂雉を同時にこなしたんだから」


 これも弟には理解の外である。


「でも、ありがとうね、景。これでも私、ちゃんと幸せになるつもりよ。もし駄目だったら……そうね、それはそれで天命でしょう」


 弟にもこれは理解できた。


(了)


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