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俺解釈三国志  作者: じる
幕間6 吳氏(熹平元年/172)
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2 包囲網

 浙江の小さな漁村、匏里ほうりの岸は、時ならぬ喧騒の中にあった。


 昼過ぎ、海賊の胡玉の一味が来襲し、岸に舟を付け、それぞれの舟から金品布帛を取り出し、並べはじめたのである。


 この里には、大小の円が重なった瓢箪の形をした池が有り、それは浙江とつながっている為、小さな里の舟着き場としては優秀だった。それで海賊に目をつけられたのだ。


 川沿いの陸路を行く旅人も、浙江を上下する舟も、後難を恐れて足を止め、隠れて見守っていた。誰もが彼らがどこかに去ってくれることを願っていた。


 そんな舟の一隻に、姿勢を低くして孫堅と吳景の姿があった。


「今、岸に並べているのは、朝方浙江を行く舟を停めて強奪した物だ。多分、うちの商品も並んでいると思う。これから胡玉が働きに応じて手下に褒美として分配する筈だ。連中はこういった場所を何箇所か使っているが、今日はここだったようだね」


 吳景の解説を聞いているのか聞いていないのか、孫堅はじっと浜を睨んでいる。仕方無く吳景は続けた。


「やめときなよ。一人でなんとかなる相手じゃない。もちろん僕は手伝わない」


 孫堅はようやく答えた。


「あの荷物を見分している禿頭が胡玉か?」

「ああ、そうだ。」

「舟を少し下流へやってくれ。見つからずに陸に上がりたい」


***


(今、この辺で一番忙しくしてるのはこの俺だな)


 胡玉は汗を掻き掻き、浜を往復する。急ぎたいが、せかせかはしたくない。貫禄が大事なのだ。


 ここで部下達の出来を評価し、奪って来た財物を評価し、公平に、しかし頭の自分には最大の分配が行くように、少なくて恨みが残らず、多くして足抜けされない程度に分配してなければならない。これが骨なのだ。


 布にも等級があり、状態が有る。金にも、良銭と鐚銭がある。見極めねば分配しても不満の種になる。食い物はすぐに悪くなる。成果と関係なく人数で頭割りする。そういう算段をしながらも全てに目を光らせねばならない。


「おい、そこ!懐の物を出せ!」


 突然、胡玉は部下の一人を指さした。ばつが悪そうな顔をし両手を挙げる部下に、他の隊の部下が近寄って懐を検め、皮袋を取り出すと、胡玉の所へやってきた。


 小指の先程の金の塊であった。


「取り分をごまかすたぁ、クズめ。お前の隊の取り分を減らし、他の隊に回す!」


 周囲から喚声が沸く。


 隊毎の連座制にして相互監視させても、まだこうだ。先程の部下が、同じ隊の仲間からヤキを入れられている。


(……ま、クズで当然か)


 他人様の財物をくすねる稼業にクズじゃない奴がいるわけがない。


 喚声がやまない。ヤキが殴り合いに発展し、他の隊が囃している。

 いけない、こういうのを放置すると統制が取れなくなる。賭けでもはじまったら遺恨も残る。


「てめぇら!静かにしやがれ!」


 精いっぱいのドスを利かせ、静かにさせる。


 一瞬で静まりかえる岸辺。


 その静寂の中に、風に乗って声が届く。


「……青龍はそのまま合図を待て……」


(ん?)


「……白虎はそのまま前進し、川岸で待機……」


(声が移動している?)


 部下達に動揺が走る。この声が聞こえるらしい。


「……玄武は伏せていろ。合図で突入する」


(近い?)


 胡玉が声のした方向を振り向いた瞬間、岸と森との境いの茂みから男が立ち上がった。


「県尉である!海賊胡玉とその一味!覚悟せよ!」


 そういうと岸の西端の茂みを指し、叫んだ。


「百虎、前進せよ」


 次に東端の茂みを指し、叫んだ。


「青龍、前進せよ」


 そしてに手近の茂みを指し、叫んだ。


「玄武、突撃!」


 その瞬間、間近の茂みがざわりと揺れ、それを見た海賊達の士気が崩壊した。


「逃げろ!」

「包囲されてる!舟に乗れ!」


 争って舟に戻ろうとざぶざぶと川に入った。

 水の跳ね飛ぶ音が混乱を助長する。


「待て!お前らお宝はどうする気だ!」


 ひとり戦利品の所で部下を呼び止めようとした胡玉を、孫堅の刀が斬り下げた。


***


「やりやがったな、コイツ」


 あきれ顔で上陸した吳景に、孫堅はニィっと笑うだけで応えた。


 首魁を失った海賊達は塵々に逃げて行った。

 岸に残されたのは多数の財物と、死体が一つ。胡玉の様な出来物の調停者がいなければ、海賊が大所帯に再編成するのは難しいだろう。

 つまりこの男はたった一人で海賊団を殲滅したのである。


「やってる事はわかったが、居ない筈の部隊が動いたのはどういうことだ?お前自分の手勢を伏せていたのか?」


 吳景の疑問に孫堅は先程の茂みを指さした。

 茂みが揺れ、出て来たのは旅人達である。


「街道を廻って来る時にあの連中が隠れてたのが見えた、突然自分の方を指して大声で命令されたので、びっくりして動いてくれた」

「お前の肝はどんだけ太いんだよ」


 こいつといるとあきれ顔が普段の顔になり兼ねないな、そう吳景は思った。


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