1 樓桑
北辺の地、幽州。
その州治所である涿郡涿県の南西の郊外に、小さな里があった。
大きな桑の木が一本立ってはいたが、それを除けば、どこにでもある、何の変哲もない、豊かでもない田舎の小さな里である。
この辺鄙な里の、さらに村の外れに、みすぼらしい小屋がある。その小屋の外には粗末な柵が有り、里と外との境界をかろうじて示していた。
里の外から歩いてきた少年がひとり、柵の隙間をくぐると小屋の戸を開けて叫んだ。
「爺い。もう死んだか?」
そう言うと返事も待たず、小屋の土間に、脇に抱えていた枯れ草や枯れ枝を投げ出した。
暗い小屋の中には老人が一人、死んだように横たわっていた。
老人の胸はゆっくりと上下し、老人がまだ生きている事をかろうじて示していた。
少年は小屋の中央の炉、とも言いがたい焚火跡の前にあぐらをかいて座ると、枯れ枝の一本を手に取り、ざっと灰をかき混ぜ、熾きを起こした。
やっと老人は答えた。
「……馬鹿を言え。そう簡単に死ぬか」
か細い答えを聞き終わると、少年はとめていた手を動かし始め、次々に枯れ草を灰の上にくべた。
枯れ草は火花を散らしながら、みるみると燃え上がる。
少年は枯れ枝をボキボキと折りながらその炎に突っ込む。
木の燃える匂いが漂い、小屋の中がほんのりとあたたかくなる。
少年は残った枯れ枝で灰をもてあそびながら、視線も上げずに言った。
「でも、おいらが世話をしなくなったら、爺さんすぐにおっ死ぬだろ?」
老人は数回胸を上下させることで、やっとの怒りを込めて言った。
「大耳児め。育ててやった恩を忘れたか!」
そこまで言うと、激しく咳き込んだ。
咳が治まるまで待って、少年はつぶやいた。
「育ててもらった分の恩くらいは返したと思うけどな」
しばらくして、老人はやっと答えた。
「……憎たらしいガキだ。殺してやる」
老人は起き上がろうとしてまた咳込みはじめる。
「あんなに匂いをプンプンさせちゃぜったい無理だよ」
少年は退屈そうに灰をかき回した。
この二人の共同生活が始まったのは九年前のことになる。