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俺解釈三国志  作者: じる
第四話 建寧の獄(建寧二年/169年)
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13 望門投止

「毛県令。これはどういう事かな?」


 李篤りとくの、砦の様な屋敷の外を、県令と兵士達が取り囲んでいた。

 むろん完全武装である。


「事と次第によっちゃぁ只ではすまさないぜ?」


 李篤はこの東莱郡黄県では名の知れた侠客である。

 漢の版図の東の果て、海に突き出した半島の東莱郡。その北端にある黄県で、荒くれた船乗りを支配下に置く李篤は、徐州の刺史すら一目置く存在である。


 李篤が凄むと、兵達の意気がみるみる萎んで行くのが県令の毛欽もうきんには感じとれた。自分だってこんな厄介な連中とやりあいたくはないのである。今は勝てても後が怖い。だが、役目である。致し方ない。


「張儉を引き渡してもらおう」

「はて?そんな奴うちに居たっけかな?」


 李篤が上を顎鬚を抜きながらうそぶく。


「密告者があった。勅が全国に回っている大逆者だぞ。足下の為にならんぞ」

「はてはて」


 とぼけた顔で李篤が答える。だが、顔は上に向けていても李篤の手は自分を手招きしていた。


 毛欽は仕方なく李篤に近付いた。


 ガシっと肩を持たれた。驚くべき力で門の陰に押し込まれた。

 目を白黒させている毛欽に李篤がささやく。


「張儉は天下にその名が知られた男だ。可哀想に罪もないの逃亡している。お前さんが捕まえるなら儉をほしいままにできるだろうさ。だが、止めといたほうがいいんじゃないか?」


 李篤の目は笑っていなかった。仁義に殉じようとする侠客の目だった。


 門の向こう。屋敷の中からは不穏な音と気配が漂って来る。李篤は一戦を辞さないつもりなのだ。


 付き合いきれない。


 毛欽は李篤の肩をそっと押し返し、距離を作ると、笑顔を作って言った。


「足下はこの仁義を一人で貫き通す気かね?」

「篤めは仁義に生きるものですがね。今日は半分あなた様が担っているんですよ」


 毛欽はため息をついて兵を下げた。


 李篤は張儉を県城の外へ、海へ逃してやった。


 望門投止。


 門を見付けては手当たり次第に投宿を願うこの張儉の行動で、庇った罪で処刑された者が十人以上。その一族はちりじりになり、経路の郡県は残骸となり果てた。


***


 そういった一家の悲劇に、孔融も遭遇していた。


「張元節殿を家に入れ、匿ったのはこの融です。母も兄も預かり知らぬこと。座して刑を待つばかりです」


 孔融は堂々と申し述べた。目には覚悟が光っていた。

 まだ幼さも消え去っていない若者なのに、なんと凛々しい事だろう。

 取り調べをしている県令は普通なら、涙ながらにそう思う所だろう。

 だが県令は弱り果てていた。


「張元節殿は私を頼って来たのです。弟の過ちは私の罪です。」


 兄の孔褒も堂々と申し述べていたからである。

 弟が捕まった、と聞いた兄は急ぎ帰宅すると、県令の所へ出頭して来たのである。

 しかし、それより先に母が出頭して来ていた。


「家の事は年長者たる妾に責任があります。妾を殺せば済むことです」


 三人が自分こそ刑を受けるべき、と主張し、相い争っているのである。県令は弱り果てていた。


 判断に困り、郡太守に判断を仰いだ。

 むろん郡太守も困った。判断を国に丸投げすることにした。

 うかつな事をすると、宦官に睨まれるかもしれない。


 しばらくして詔が届いた。


 結果として孔褒が処刑され、孔融と母は解放された。

 二人とも長男が死んだ悲しみより、自分が処刑されず残念、という顔だった。


***


 汝陽郊外のあばら小屋。

 左右と中の物音を確認してから、許攸はもぐり込んだ。


「どうだった?」

「張儉のおっさんは海へ出ちまった。さすがに追っかけるのは無理だったぜ」

「そうか。ご苦労だった」


 袁紹の慰めに許攸は鼻をこすって「へへ」っとだけ答えた。


「言われた通り、張儉を密告してはぎりぎりで逃してやったけど、これってなんか意味あったの?」

「あの手の老害にはそろそろ御退場いただきたかったんでな。迷惑な奴ってわかったら、皆も期待しないだろう?」


 そういって袁紹はニタリと笑った。不思議に品のいい笑いだった。袁紹はひとこと付け足した。


「……この話、皆には内緒にな」

「判ってるよ。でも小遣いには色を付けて欲しいな」

「フフ」

「アハ」


 二人は顔を見合わせて笑った。


「フフフフフフ」

「アハハハハハ」


 袁紹は思う。


 三君だの八俊だのを尊重している間は駄目だ。

 親孝行だので評判だので宦官と戦えるわけがないではないか。

 宦官と殺し合って漢家を救いたいなら、徳行なんぞは無いくらいがいい。


 むしろ無闇に高い彼らの声望は、自分にとって邪魔でしかないのだ。

「奔走の友」が漢家を救う時には老害共も始末せねば事は成らない。

 そしてその後は。


「フハハハハハハハハハハハハ」


 袁紹の笑みはいつまでも上品であったが、その眼は決して笑ってはいなかった。。


(了)


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