12 李膺最期
「遅かったな。気を揉んだぞ」
李膺は後ろ手に枷をされたまま、張讓の方に目線もくれず、ただそう言った。
つい、来てしまった。来たらどうにかなりそうだから来たくなかったのに。でも我慢できなかった。殺したい。もっとみじめな姿を見たい。
帰った方がいい。楽しい時間を終わりにする気か?こいつの苦しむ姿を見れなければ楽しい時間ではないのでは?
張讓のはらわたに、いろいろな感情が渦巻き過ぎ、言い返そうにも言葉が紡げない。
「俺を殺しに来たのだろう?」
そう尋ねた。
「ん?どうした」
こちらが反応しなかったから。
「俺は反撃できないぞ。今なら殺れる……お前の細腕でもな」
とうとうこちらに向き直った。
「檻の向こうでも、その長剣なら届くぞ」
這いずって来る。
李膺はこんなに口数の多い男だったろうか?
張讓は混乱の中にあった。
牢の格子にもたれ掛かり、李膺はずりずりと立ち上がった。
どうやら片足が駄目になっているらしい。
格子の向こうに李膺の目が間近に光った。李膺の目は死んでいなかった。
「男でも無い宦官は自分の手を汚して殺しをする勇気もないか」
挑発されている。それは判る。
だが李膺の息遣いが聞こえる。李膺の匂いがする。
くらくらする。平衡感覚が無くなる。
「お前は弟よりは男らしい奴だろうと思っていたんだがな」
張讓の頭が沸騰した。
気が付いた時には剣が李膺の腹を刺していた。
「それでいい」
李膺はにっこり笑うと体を捻った。
「いまさら助命されるより、ずっといい」
刺さった長剣に体重を掛けると自らの体重で傷口を広げた。
張讓の全身を返り血が染める。
李膺は牢の格子につんのめる様に崩れおち、そのまま動かなくなった.
呆然としながら張讓は長剣を格子から引き戻した。
格子の向こうに倒れている李膺を見下ろす。
あれほど見たかった李膺の死体だが、どうしてだか達成感は無かった。




