11 范滂の事
「母上」
范滂は堂の外から声を掛けた。儒者らしい、きちんとした姿勢だった。
「呉督郵が、部屋を閉ざして尺一を抱いて泣いているとの事です。おそらく、私への逮捕状をどうすべきか悩んでおいでなのでしょう」
気配はあったが答えは無かった。
「弟の仲博は孝敬です。母上に尽くすに足りるでしょう。滂は父上の居られる黄泉に帰ります。存亡は各々の得る所、ただ母上に分かたれた恩義が返せないかと思うと忍び無いことです。あまり悲しまれませんように」
涼やかにそう申し上げた。
しばらくして、静かに堂の扉が開いた。
「おまえは李膺、杜密と並ぶ盛名を持っています。死んで何の悔いが残るでしょう。それほどの令名を持ちながら、寿命を全うするなど、できるものでもありますまい」
母は気丈にそう言った。目は赤かった。
范滂は跪づいたまま母の教えを聞き、母を再拝すると堂を辞した。
幼い息子の元にやって来て、しゃがんで同じ目の高さになって話しかけた。
「お父さんがお前を悪い子にしようとしても、お前は悪いことはしてはいけないよ。お前にいい子になってほしいから、お父さんも悪いことはしないんだ」
そういうと県へ自首をした。これが我が子への最後の言葉だった。




