7 李膺の事
噂は直ちに潁川襄城に流れて来た。
洛陽は目と鼻の先である。潁川の士太夫は洛陽に沢山いるのである。
隠棲する李膺の元へ、噂を聞いた故郷の人々が心配げな顔で次々に訪れた。そして皆同じ事を言ったのである。
「どうかお逃げを」
李膺は静かに首を振って言った。
「困難だからといって辞めず、刑を受けるからといって逃げず、と左伝にもある。臣下として守るべき節だ。俺ももう六十。死生は天命が決めること。……それに、逃げれば安心と本当に言えるかね?」
そういうと荷物をまとめはじめた。
「父上、何をなさっているのですか?」
息子の李瓚が聞いた。
「決まっている。洛陽へ、北寺獄に出頭するのだ。ここで亭侯が捕まえに来る日を待つなぞ性に合わん。手間を省いてやろう」
そう答えると、息子へ言った。
「おそらくお前も、孫達も連座させられるだろう。覚悟しておいてくれ」
「覚悟ならしております。ずっと以前からです。父上」
「……すまん」
溝がある。そう思っていた息子だった。勝手に袁家と婚約してきた時など、権門にすりよる気かと叱った事もある。だが、息子には自分と同じ血と誇りが流れているのだと判った。
李膺にはそれで十分だった。




