5 劉淑の事
「甘くみていたか」
自邸の外に勅使が立っている。その家人の報告に、劉淑は静かに目を閉じた。
劉淑、字は仲承。河間国楽成県の人であり、三君の最後の一人でもある。
先帝、孝桓皇帝劉志の時代には、同郷の博士として皇帝その人から特別な尊敬を受けていた。三年前の党錮が比較的穏便に済んだのは自分が必死に帝を説得したからだ。劉淑はこの件を誰にも話さなかったが、わずかながら自負もあった。
だが、その尊敬は今上には抱いてもらっていないらしい。
自ら門前まで出た劉淑に勅使は告げた。
「劉淑だな。廷尉の元に御同道頂きましょうか」
「容疑は?」
「陳竇反乱の共謀です」
二年前の陳蕃と竇武の件に自分は一切関与していない。
全く身に覚えの無い罪状である。
劉淑は静かに空を見上げた。曇天であった。
(身に覚えがない、と帝に弁明して済むかな?)
済むはずがない。宦官共は自分の潔白を承知で讒言したのだろうから。おそらく弁明は無意味だろう。
(自分なぞが「三君」などともてはやさなければな)
思えば評判に翻弄される人生だった。
劉淑は突然、自分が人生の重大な岐路に立っている事に気付いた。
生と死の別れ目ではない。死と一層酷い死との別れ目である。陳蕃と竇武に連座した者達が、どんな風に処刑されたかを思い出したのである。
(夷三族……)
どうせ殺されるのに墨を入れられたり鼻を削がれたりするのは御免だった。
ほんの一瞬で思考をまとめた劉淑は、顎を引き、勅使に向き直って言った。
「毒の下賜をお願いする」
礼記に曰く「刑は大夫に上らず」とある。
そもそも士太夫は自制心があるので刑罰を受けるような事はしないものである。それでも刑に服する状況になった場合は帝の出頭命令に応じる前に自殺するのが趣みであった。こういった場合の勅使は自殺の為の毒薬を持参するのが不文律であった。
回答は期待していたものではなかった。
「ありませんな」
縛につく前の名誉の自殺。それすら許されないとは。
あきらかに先帝の党錮とは違っている。
腕に枷を付けられた、衆目の中をみじめに引き立てられながら、劉淑は
(どうにかして自殺しなければ……)
そればかりを考えていた。




