3 告発
時は少し遡って、三日前の朝。
侍中が帝に告発文を読み上げている。中常侍の曹節は、静かにそれを聞いていた。やつれた顔で、深刻げな眼差しで聞いていた。ほほが少し引きつっていた。
実のところ曹節は病み上がりで、三ヶ月前にはもうすぐ死ぬと思われていた。
宦官達は帝に上申し、死ぬ前の名誉職として曹節を車騎将軍に就けた。
だが、曹節は病床から復活した。車騎将軍を罷免される形で中常侍に返り咲いたのである。
ほほが引きつっているのは、病の後遺症……ではない。
曹節は耐えていた。相好が崩れそうになるのに耐えていた。
油断すると口から笑いが洩れだしてしまう。必死であった。
侍中は、山陽の士太夫達だけでなく、呼応して全国の士太夫が鉤党を組んで社稷を転覆させようとしている、と読み上げている。
無論この侍中は曹節ら宦官の息の掛かったものである。馬鹿げた内容を、真面目に読み上げていた。
(こういう従順な士太夫だけならいいのだが)
曹節自身にこういった告発文を書く学識はない。
だから士太夫に書かせるしかない。だがその事を曹節はなんとも思ってはいない。士太夫など足の生えた文房具程度に思えばよいのだ。
「節」
侍中が奏上を終えると、皇帝劉宏は振り向いて曹節に尋ねた。
「鉤党って……何?」
最近の皇帝劉宏は質問が多い。
(政務を理解されようとしているのですな)
面倒ではあるが良いことである。
曹節は答えた。
「鉤党というのはですな、美辞令句で褒めあっては互いを偉く見せ、引き立てあう事で過分な地位を得ている党人共の事でございます」
「党人って何が悪いの?」
「皆で集まって、不軌を為そうとしているのでございます」
うまく誘導し、理解した、と思わせることができれば、どんな事も納得して命令してくださる筈だからだ。
我々の言うことを判った様な気持ちになって鵜呑みに聞く立派な皇帝になっていただかねばならない。
「不軌ってどういうこと?」
「社稷を図ろうと欲しております」
皇帝の耳元で趙忠が囁いた。
「……陛下、社稷を図る、というのは、国家を自分達のものにしよう、という意味でございますよ」
劉邦に始まる漢家は徒党を嫌う。徒党のすることは国家の転覆に決まっていると思っているからである。
だが劉宏に理解の色は見えなかった。難しい言い方をしすぎたのかもしれない。
趙忠は自分の噛み砕きが足りなかった事を反省し、言い直した。
「いずれ刀を持って斬り込んで来るってことでございます。……ここに」
「!」
ようやく御理解頂いたようだ。
帝は張讓らの教育もあって家臣の反逆に対する拒否感が強い。半年前の政変が実にいい効果をもたらしている。
「許す。鉤党共を一掃するがよい」
後はこれにかこつけ、洛陽の士太夫共を滅ぼせばよいだけである。
目標は前回の党錮の禁で生き残った有力な士太夫達。
幸いにも連中は太學で「士太夫の位階付け」をしてくれている。
この位階付けは太學生と士太夫が徒党を組んでいる証拠であり、警戒すべき士太夫の優先順位でもある。
(便利なものを作ってくれたもんじゃな)
これを上から狙い撃ちにしていけばよい。
三君最後の生き残り劉淑。
八俊の李膺、荀翌、杜密、魏朗、朱宇。
八顧の巴肅、夏馥、范滂。
これで太學で持て囃されていた連中の息の根を止める事ができる。
(先帝は士太夫に遠慮があったが、今上は違うぞ)
思わず声に出そうになり、曹節は口を引き締めた。
建寧の獄の始まりである。