4 即位
洛陽城北宮の北端に朔平門がある。その門から北に市街に出てまっすぐ北にある都の外門が夏門である。その門を出て最も近い亭が萬壽亭である。
河間国を出立した解瀆亭劉宏がその萬壽亭に到達したとの知らせが来た。
萬壽亭は冀州方面への街道が通り、先帝劉志が河間国から到着した時も、一旦ここで身支度を整えた場所である。
城門校尉から大将軍に昇格した竇武がこれを迎えに行く。皇太后から託された節を持ち、皇太子を乗せる王の格式の青蓋車を伴い、供奉の列を率いるのだ。
これも先帝が大将軍梁冀に迎え入れられたのに倣ったものである。
出発しようとした竇武は、平朔門外で待機している行列のところへ出た時、驚きで馬車の上で腰を抜かしそうになった。
帝を迎える為に待機している行列を、千名にも及ぼうとする宦官、兵士らが取り囲んでいる。
慌てて口をぱくぱくさせている竇武の横に、別の馬車が横付けしてきた。
席に乗っているのは中常侍の曹節である。
「どういうことだ?!貴様なんの権限でここに兵を集めた!」
温厚で知られる竇武も、これにはさすがに声を荒げた。
「陛下より、安全の為供を増やすよう、仰せつかって参りました」
そういって皇太后の信任を示す、持節を掲げて見せた。
右に虎賁。左に羽林の兵士。その内に宦官の中黄門たち。隊列はふくれ上がった。
大将軍、という軍権の頂点にある竇武だが、この虎賁と羽林の兵士達は節を持っている曹節に指揮権がある。曹節がその気になればこの兵力で自分達を滅ぼすことすら出来よう。
自分はこの国の至尊に次ぐ立場なのに、この洛陽城の門前にて生殺与奪の権を奪われている。そのうっすらとした恐怖と、華々しい行列の主役を乗っ取られた怒りが心に沸き起こるが、竇武の意識の大部分は別の疑問で占められていた。
(もしや、娘は既に宦官の掌中にある?)
節を持つ、ということは皇太后の信任があるということだから。
わずか四十里の旅程である。竇武の疑念をよそに、一行は何事もなく萬壽亭へ到着した。
亭長が恐縮しながら案内した亭内には、劉儵が威儀を正して座っており、美々しく皇太子の格式で着飾った浅黒い少年が窮屈そうに座っていた。
(十二歳にしては貧相な子だ)
さほど裕福ではない育ちをしたのだろう。王侯という相ではない。だが、食べて太ればそこそこ見れる外見になるだろう。
竇武は少年の前に跪き、亭長に謁を取り次がせて言った。
「大将軍の竇武と申します。今後は、あなた様の外祖父、という事になります。なにごとも御申しつけください」
「……大将軍、今後あなたのことはどう呼べばいい?」
劉宏は渡された謁の官位、爵位、諱、字を眺めながらおどおどと聞いた。
「爺いでも、武でも、如何様にでもお呼び捨てくださいませ」
竇武はにっこりと笑って答えた。
二人が狭い萬壽亭の建物から外に出た時、視界一面を地面に貼り付た背中と高冠が覆っていた。宦官達が亭の塀の中に平伏していたのである。
思わず足の止まった二人の足元で、宦官の最前列の男が顔だけを上げた。
「陛下!」
むろん曹節である。
「我ら内官、今後は誠心誠意、御身の為に仕えさせて頂きます」
そう口上するとそれぞれが頭を地面に叩きつけ始めた。
少年が驚いて後ずさると、曹節は叫んだ。
「立て!」
それを聞いた宦官達は一斉に立ち上がり、青蓋車への道を空けた。
宦官が左右に整列しできた道を劉宏は歩む。
亭外に出るとそこには青蓋車が待っていた。周囲の宦官達が手助けし、劉宏は青蓋車に乗り込んだ。
竇武はそれを下から見送ることになったが、次の瞬間、怒りで脳天まで沸騰しそうになった。
青蓋車の皇太子の席の横に、するすると曹節が滑り込み、勝手に陪乗してしまったからである。
「か、宦官ふぜいが!」
狼狽に声が裏返る。
勝手なことを!と叫ぼうとした竇武に、曹節は印綬を見せて言った。
「この度、奉車都尉も拝命いたしております」
奉車都尉は、皇帝の馬車を世話する役所の責任者である。職務上、陪乗する事は十分あり得る職務である。
(娘はやはり、籠絡されている……)
愕然の思いを残したままの竇武はふらふらと自分の車に乗り込む。
そこへのしりと入り込んできた影があった。
竇武は驚きに目を見張る。
入り込んで来たのはみすぼらしい服を着た、太った中年女。
女は朗らかにこう言った。
「あの子の母代わりなんで着いて行ってお世話してやらなあかんのです。都まで乗せてってくだせえやし」
大将軍の自分の車に、勝手に同乗してくる者が居るなど竇武の想像の範疇を超えていた。
思わず廻りを見回すと白い天蓋の付いた近小使車に乗っている劉儵と目が合った。劉儵は苦笑した後、すっと目をそらした。
(くそっ)
劉儵の反応からして、この女は解瀆亭侯の阿母なのだろう。安帝の、そして順帝の阿母が国に及ぼした被害を思い出し、竇武はぞっとした。
だが、こちらが望んで即位させる以上、解瀆亭侯が阿母と慕い、母代わりに洛陽へ連れて行こうと言うこの女の機嫌を、今後は窺っていく必要がある、ということだ。
なりたくもない大将軍に覚悟の上で就任したのに、位人臣を極めた結果、得体のしれない田舎女に諂うことになるとは……竇武は少し泣きたくなった。
先を行く青蓋車では、沈んだ顔の劉宏に曹節がにこにこと話掛けていた。
「大丈夫でございます。万事わたしども内官にお任せください。玉顔を曇らせる様な事は起こさせません」
「……」
劉宏の表情は晴れなかった。
「何をそんなにご心配なさいます?」
「全部だよ、そんなの」
弱音を吐いた。
自分は田舎の亭侯を継いだだけの子供に過ぎない。
帝王学?知らない。
礼楽?知らない。
政治?判らない。
年齢、足りない。
皇帝である、と偉そうにふんぞり返っても、廻りの立派な士太夫達は愚かな子供、そう思って心の中で失笑するだろう。耐えられない辛さではないだろうとは思う。自分は子供で無知無学なのは間違いないのだから。だが、それが成人するまで続くと思うと暗い気持ちになった。
「判っちゃいるけど、やっぱり気が重いよ」
「大丈夫でございます。……陛下をお笑いするような不心得者なぞ朝廷から追い出せばよろしいかと。先の帝は徒党を為した儒者共を洛陽から追放なさいました。それをご踏襲なさいませ」
曹節はにこやかに答えた。
「畏れおおくも帝をあざ笑うような無駄な学識など、洛陽には不要です」
車はさほどかからず洛陽の夏門へ到着した。
夏門から平朔門への道は人払いはしてあったものの、やはり多数の住民が、青蓋車に乗った次の皇帝をひと目見ようと遠巻きに見守っている。
平朔門に入った劉宏はそこで車から輦に乗り換え、洛陽北宮に入る。
「陛下。始めて御尊顔を拝させていただきます。小黄門の張讓と申します」
「小黄門の趙忠と申します。御身は奴どもがお世話をさせて頂きます。なんでもご用命くださいませ」
迎えに来た張讓と趙忠が加わった。
彼らが供奉する輦は洛陽南北宮を繋ぐ複道の中央、皇族の道をゆるゆると通り、劉宏が運ばれて行った先は洛陽南宮の長秋宮。竇太后の元である。
***
「……」
劉宏の輦が長秋宮を後にする。
少年の顔は沈んでいた。
竇太后は母に対する挨拶を述べた劉宏を一瞥し
「明日の用意をするように」
とだけ言って下がらせたからである。
「お気になさいますな」
曹節は慰めた。
「これから長いつき合いなのです。ゆっくりとお仲良くされればよろしいのです」
そうは言ったが、このままではまずいと曹節は思った。
竇太后は二年前に皇后となったまだ若い女性である。ほとんど「女」ですらないのに、義母とはいえ「母」となる心構えなどできている筈もない。
いつかは竇太后と新帝が親子の関係を築く日が来るだろうが、疎遠のまま放置するとこの少年が権力を握るのが先送りになりすぎる。つまり外戚側の勢力が強大になりすぎる。まして彼女を皇太后として擁立したのはあの陳蕃である。せっかく党錮で抜いた士太夫達の牙が生え揃ってしまいかねない。
曹節に一案が浮かんだ。
「阿母様のお力をお借りしましょう」
***
翌日、徳陽殿の広い前庭に百官がずらりと整列していた。
全員が白い喪服姿で、台上にある先帝の梓宮を見つめていた。先日の惨劇の跡はどこにもない。
しわぶき一つない静謐の中、竇太后と劉宏少年が入って来る。
無論、こちらも喪服である。
満場の百官の視線が突き刺さり、少年の顔に緊張の色が浮かぶ。
白が支配した空間の中で、三人の老人が進み出て来た。
三公の太尉周景、司徒胡廣、司空宣酆 《せんがく》である。
周景は竹簡を捧げ、読み上げる。
「尚書顧命篇の教える所では、周の成王が崩じられた後、遺命によって召公爽はすみやかに康王を立てられました。太子におかれましては、この柩の前で、すみやかに天子に御即位頂きたく願い申し上げます」
劉宏は答えない。
そもそも事前に儀式の間は黙っているよう命じられている。が、少年自身、何かを口に出せる気はまったくしなかった。
劉宏に代わり、竇太后がそれに答えた。
「よいでしょう」
即位の儀、開始の了承である。
入口近くから士太夫達が整然と退出して行く。
少年も宦官から促され、前殿から徳陽殿に引き返した。
ちらりと見回すと竇太后は既に退出していた。
徳陽殿では宦官達が待ち構えており、みるみる内に少年は喪服を剥されて行く。そして、替わりにきらびやかな礼服を着せられて行く。
冕冠、という見慣れぬ冠をかぶせられた少年はわずかだが自分が皇帝になることを実感した。その冠には皇帝にしか許されない、十二本の紐飾りがぶらさがっていたからである。
小さいながら、皇帝の装いに着替えた少年は、宦官の案内で前殿に再び出ることになった。
徳陽殿の広い前庭には、やはり百官がずらりと整列していた。
ただし、皆もう喪服ではない。
皆が吉服と言われる吉事の礼服を身に纏っている。
先帝の崩御からまだ喪はあけていないが、この時ばかりは吉凶で言えば吉事に属する、皇帝即位の儀だからである。
少年は導かれるまま、檀上の先帝の梓宮の所へ昇って行く。着慣れない重い衣服でよたよたと昇る。
頂上の梓宮の脇、東側に立つ。
太尉の周景が伝国の玉璽と綬が載った盆を捧げ持って左の階段から祭壇に昇った。
壇上の梓宮に向かいふかぶかと頭を下げ、先帝への報告を読み終ると、右の劉宏の方へ向き直り、ひざまづいて捧げ持った伝国の玉璽と綬を、おごそかに差し出す。
劉宏がおずおずとそれを押し頂く。
新帝の即位の瞬間である。
ついで宦官の一人がうやうやしく剣を捧げ持って出て来た。
玉と珠で美々しく飾られたその剣は、高祖劉邦が山中で蛇を斬ったと言う七尺の宝剣である。皇帝の軍権の象徴として、新皇帝からの信任の証として、太尉である周景にこの剣が預けられた。
手続き上は光武帝の廟等を謁しに行く必要があるが、新皇帝の即位が皆に告げられる。
「今、ここに、新たに皇帝が即位なされた!」
百官は平伏して下を向いたまま叫んだ。
「萬歳!萬歳!萬歳!」
皇太后は皇帝と百官を連れ、朝議の場に移動する。
朝議では年号が建寧と改元されること、大将軍竇武と司徒の胡廣に録尚書事が加官され
参録尚書事となり陳蕃と共に上奏を取り仕切ることが発表された。
皇太后が全て裁可し「可」と答えたので新皇帝劉宏は最後まで何も口を開くことはなかった。
それから半月ほど経った翌二月。先帝劉志が洛陽南東の宣陵に葬られた。諡は孝桓帝。廟号は威宗とされた。さらにその数日後、新帝劉宏は高祖劉邦、世祖光武帝劉秀の廟に詣で、祭礼を行なった。
これをもって皇帝即位の全ての儀式を完了した。
大赦が発表された。桓帝の発した党錮の面々もここで完全に許されたのである。