第六話 オーバンへ① 出発&ヘンな人
「それじゃビョルン、宿営地のことはしばらく任せる。何かあったら、時間は気にしなくていいから【遠話通筒】で報せてくれ。」
「はっ。団長も道中どうかご無事で。ミレーナ、団長の世話を頼むぞ。」
「はい、承知しております。」
「それとな、とっととキメちまえ。」
「…!」
「?」
ミレーナ、ビョルンが何のことを言ったのかは知らんが朝っぱらから人殺しはやめろ。人間の口にクッキーはそんなに入らんし、鼻は食べ物を入れる穴じゃない。勿体ないだろう。
おふざけに興じる二人を置いといて演壇に登ると、それまでの喧騒が一気に鎮まり団員たちの視線が集まった。駐屯地を出た時よりも熱さのようなものを強く感じるのは気のせいだろうか。
「…っし……聞け!これより開拓団第一陣はマグナート州オーバンに向けて出発する!先導と護衛はカティヤ小隊!最右翼列よりグループごとに50メートル以上間隔をあけて順次続け!道中無茶すんじゃねえぞ!出発!」
「「「「「 応ッ!! 」」」」」
右手に持った指揮棒を一度高く掲げた後に西の方角へ振り下ろすと、カティヤ率いる小隊16騎が蹄の音も軽やかに牧草地を後にする。少しの間を置いて馬車隊が三、四両ごとにグループを作ってこれに続く。宿営地から街道に向けて開かれた門の周囲には第二陣以降の団員や宿営地運営隊、彼らよりも長くこの地に残留することになるウィルキンガム製材所スタッフらが集まって見送ってくれる。希望に満ちた旅立ちの光景というやつが……
「うまいことやりゃあがってこんちくしょうめ!」
「生水でも飲んで腹ァ壊しちまえ!」
「くちおしや、あなくちおしや……」
……「希望に満ちた旅立ち」ってフレーズを使いたいんだよ、もっとこう、他にあるんじゃないのか?「頑張って来いよ!」とか「すぐに俺らも追いつくからな!」とか。
「団長、馬車の支度はできてます。お乗りになられますか?」
「そうだな、これ以上ここにいたら待機組の恨みを買いそうだ。行くぞ、ミレーナ、ロラン。」
「「 はいっ! 」」
二人を連れて馬車の待機場を歩いていく。安全確保のために間隔を空けながらの出発をするから、広場にはまだ三分の二以上の馬車が残っている。中には
『残る女と去る男、しかし二人の間にはどんなに距離を隔てても決して切れぬ心の糸。今日の別れは再び会う日までのかたい約束。それでは歌っていいただきましょう!川西ゆかりさんで……』
みたいな艶っぽい雰囲気のもいるが、まあ大体はやっかみ交じりのバケツの水をかけられて…くらいのもんだな。かけられてるほうも嬉しそうにしてんじゃねえや。風邪ひくぞ。
「団長!こっちです!」
他のよりも一回り大きく作られた団長専用の高度本部機能指揮(馬)車、通称【白基地】の御者台で立ち上がったレオンが手を振ってくる。真白に塗られた車体とこれまた純白の幌が目に鮮やかな開拓団の移動本部だ。
くれぐれも言っとくが「白い基地」で「シロキチ」だからな。横文字にするんじゃないぞ。絶対だぞ。約束だぞ。
製作に際して参考にしたのはアメリカ西部開拓時代に用いられたコネストーガワゴン。渡河を考慮したボート風の車体が一番の特徴だ。大型の車体ながらパッと見でそう思えないのは、引いている馬も大柄で牽引力に優れる軍用重種を選んだからだ。この馬、実は入手にはかなり手こずったんだが、移動中はもちろんのこと今後の様々な作業でも大いに役立ってくれるだろう。
後部に掛けられた乗降用短梯子を蹴って荷台に乗り込む。中の広さは全長およそ4メートルの幅およそ1.5メートル。さっきも言ったがボートを参考にしているから、平底の川船のような造りだ。実際、こいつの荷台はさして時間をかけることなく車台から外して艀にすることも可能だ。
俺、ミレーナ、ロラン、レオンの四人の他にこれに乗り込むのは、御者として手綱を握る陽気な大熊氏獣人のヤッコ、そして…
「団長殿、いよいよ待ちに待った移動が始まった様子ですな!ワタクシもビンビンに感極まって今にも迸りはシぶテッ!…」
俺の横を神速ですり抜けたミレーナの顔面掌打で沈むこの人物。見た目は女性である。少なくとも着衣の状態では女性に見える。
「ふふふふ、ミレーナ殿の一撃は芯にきますなあ。ですが、ワタクシもそういうプレイに興味がない訳では……」
「団長、やはりこの猥褻奇怪生物は簀巻きにして井戸に投げ込み塩で浄めて石で封じておきましょう、1800年くらい。」
着手しながら許可を求めるな。
「やめろ、ミレーナ。紹介状はホンモノだったし殿下の秘書官長にも確認したと言っただろう。一応はウチの大事な客分だ。簀巻きにするのは構わんがその辺にしとけ。」
「はい……。」
紹介しておくべきか。筵で巻かれて不敵な笑みを浮かべるこの御仁、名をジョゼフィン・アドリアン・ドゥラランドという。先ほど俺は
『見た目は女性である。少なくとも着衣の状態では女性に見える。』
などと述べたが、彼女(?)が女性であるとは言い切れない。では男性か?そういうハナシではない。この御仁の肉体は女性・男性両方の機能を持つ。世に両性具有と呼ばれる種族である。
元は我らのおひいさま、すなわち第五王女エレクトラ殿下の母君の実家であるバルベニー侯爵家のお抱え学者だったらしい。が、幾つかの貴族家に次々と仕えた(たぶん厄介払いが繰り返されたんだと思う)後、殿下の元に流れ着いた。殿下の周囲は「自陣営の風紀が乱れる」ことを懸念、紹介状を持たせてこの俺に押し付けた。と、そういうことだ。
彼女(便宜上そう呼ぶ)が宿営地に着いたのはわずか六日前、出発に向けた準備の最終段階の最中だった。忙しさにやや不機嫌な俺の前に来るなり、
「貴殿が開拓団長のランゲン男爵でございますな。早速ではありますが、このワタクシの処女花を散らされたいッ!」
と宣いよった……。傍にいた総務鬼人隊が首をもぐ勢いで取り押さえて拘束し猿轡までかませて身体検査を始めたが、懐から殿下の自筆署名と印章入りの紹介状が出てこなかったら、その日のうちに山の肥やしにでもなっていただろう。戒めを半分解いて事情を聞いたところ、
「我が身を男爵殿の好きなようにしてもよいからぜひとも開拓団に同行させてほしい。その思いがつい暴走して言葉足らずになってしまったようですな、はっはっはっはっは。」
などと呑気なもんだ。とりあえずその日は急造の獄舎に押し込め、なるべくこちらからの接触は避けたかったが殿下の秘書室に【遠話通筒】で確認をとったところ、彼女が稀有な種族の人間であることを教えてくれると共に
『頼むからそっちで引き取ってくれ。タダで、とは言わないから。お願い!』
との本気の泣き言。むこうでも相当持て余していたようだ。
結果、今後殿下が御下賜くださる予定の家畜や種苗に追加が約束されたのと、何より本人が持参した履歴書の内容に賭けて受け入れ、開拓地への同行を許可することにした。植物、動物、地質、鉱物、気象、測地測量、植物魔法、舎密錬金術、傀儡魔法、そのすべてに通じたエキスパートなんて大陸のどこにも転がっちゃいない。
だから、頼むから役立ってくれよ?独断で許可を出したから総務鬼人隊の俺への風当たりが強くなってるんだ。
「ミレーナさん必殺の曲がり面打ちを喰らってまだ意識があるなんて流石ですね、ジョゼさん!」
「それほどでもないぞロラン、迸るパッションさえあれば人は何でもできる!たとえ脳の位相を芯からずらす打撃であったとしても失神を免れることだって可能だ!多少はクラクラするがね、ふう…」
俺の心配をよそに、ロランをはじめとする団の何人かとあっという間に仲良くなったってのはある意味安心材料ではあるんだが…
「僕もそういう強さを身につけなきゃいけませんね、見習わなくちゃ。」
「ほんとうにロランは可愛いことを言う。近く団長が我が身をこじ開けてくれる予定ゆえ、それが成ったら君も受け入れてあげなくもないぞ!うっすら期待して待っていたまえ!」
ミレーナ、猿轡。強めに。やっぱ不安だわ。
ホントに風紀が乱れそうだ。
「団長、順番がきました。馬車を出してもいいですか?」
あ、もうそんなに進んだか。
「頼む。ヤッコ、安全運転でな。」
「もちろんです。団長、皆が見送ってますから顔を出してやってください。」
御者台に出てヤッコの隣に立つと、左右の残留組から声がかけられてくる。
「道中お気をつけて!」
「団長!俺らにもいい土地残しておいてくださいよ!」
「ヤッコ!事故るんじゃねえぞ!」
「レオン!ロラン!団長に無理させんな!」
心配すんな、子供じゃねえんだ。うまい具合にやってやらあな。
「支度を整えて待ってる!皆、宿営地とこれから到着する連中の世話ァ頼むぞ!」
「「「 応! 」」」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
レイントン州ウィルキンガムは第五王女殿下の所領とは言え、王国にとっては外れの土地だ。ゆえに宿営地を出た途端に街道はあっという間にみすぼらしいものへと変化する。辛うじて残る浅い轍のみがそこが道であることを示し、道程看板の文字はウィルキンガムから離れれば離れるほど文字が薄くなってゆく。
それでも道中、集落のようなものを目にすることもある。肉や毛皮を獲る猟師や彼ら相手の商人が利用する季節滞在の拠点だ。荒っぽく作った丸太小屋や柱と屋根だけの解体作業場。土饅頭としか言いようがないが、戸が設けられていることから何かの施設ではあるのだろう謎の盛り土。時期ともなれば荒々しい男たちの姿がここにはあるのだろうが、今は心地よい晩春の風が干からびて閑散とした建物もどきの間を流れるだけだ。思えば遠くまで来たもんだ。
「ヤッコ、何番の看板まで過ぎた?」
御者台の男に声をかけると少し遅れて返事が返ってきた。寝てたろ、オマエ。
「…ああ!ついさっき15番の看板を通り過ぎました。お伝えするのを忘れてました、すんません。」
「15番だな……」
簡易テーブルに地図を広げ、赤線で描かれた予定ルート上の番号を探す。
「今日の到達予定は16番、今ぐらいの速さならあと三時間ってところだろう。ヤッコ、北に尖った頂上が三つ並んだ山が見えるか?」
「ええと……はいはい!見えます、見えますよ!まだ雪ぃ被ったまんまで白いのが三つ見えます。」
「それが『カルナバックの三姉妹』とかいう山だ。北に見えるのならルートは間違ってない。それじゃ引き続き安全運転で頼むぞ。それと居眠りはご法度だ。ミレーナに気付けをしてもらうか?」
「勘弁してください。アレ喰らうくらいなら二徹三徹のほうがまだマシです。」
それもまた良しって物好きもいるがな。
・ ・ ・ ・ ・
街道の傍には通行者のための野営地が一定距離ごとに設けられている。だが俺たち第一陣、五十両余りの馬車を一度に停めるだけの広さをもったところはない。そのため野営はグループを三つに分けて別々の場所で行うことになる。俺の馬車を含む第一陣本隊は、街道を最も進んだ位置にある野営地が今日の寝床だ。
西の空が色づき始める頃合いになんとか到着。大急ぎで点呼と健康状態の確認を行う。
よーしよし、皆問題はないな。
他の野営地を使う連中からも伝令がやって来て問題のないことを報告してきた。このまま何事もなくオーバンに入れることを祈ろう。
俺たちは「開拓団」などと名乗っちゃいるが、つい最近まではバリバリの軍隊。【破邪大戦】中もその後の復興支援任務の間も、星空眺めて眠る生活を送ってきた経験があるから野営・幕営はお手のもの。陽が沈み切るまでにアゴとマクラの支度は整った。
今日の晩メシを受け取りに、野営地のほぼ真ん中に設置された糧食調理馬車のタープに向かう。『やおはち食堂・だいいち支店 いらっしゃい』と書かれた小さな看板がかわいい。
「支店長、カザリン、ご苦労さん。今日は何を食わせてくれるんだ?」
「あ、団長。お疲れさまでーす!今日はオーエン小隊のリクエストでチキン&ビーンズと茹でジャガイモですよ。バンズとクラッカー、コーヒーはそこに用意してるんで、お好きなだけ取っていってくださーい!」
プレートに鶏肉と豆のトマト煮をどちゃっとよそってくれたのは、人懐こい笑顔のドワーフの少女。「やおはち食堂」で主に甘物を担当するカザリンだ。この移動中はリベリオと組んで第一陣本隊に組みこまれ、調理と糧食管理一切を受け持っている。いつも元気な食堂のマスコットガール的存在でもある。
バンズ1個とクラッカー3枚を取って寸胴鍋コーヒーをお玉でカップに注いだら、レオンとロランが支度してくれていた簡易テーブルへ。席ではジョゼが「食べる」と言うより「飲む」と言う方がふさわしい勢いでビーンズを摂取している。
「ふごっふ…団長殿、お先に頂戴しておりますぞ。しかし、アレですな。ここの食事は最高でございますなっへがっほふ!」
食べながら喋るな愚か者。右の鼻の穴から豆が出とるぞ。
「『メシに種族差身分差階級差なし』、そして『可能な限り美味いものを食う』。808が連隊旗を拝受して以来揺るがぬウチの鉄則だ。では、いただきます。」
ホーガン板長の下で徹底的に鍛えられている食堂スタッフの腕に間違いはない。鶏ガラで丁寧に出汁をとり、すりおろした数種の根菜を加えて味の深みを増したことで「たかがチキン&ビーンズ」が立派なご馳走に仕上がっている。リベリオ、また腕を上げたな。
「開拓団の食事といえば現地調達の得体の知れない野草と塩の塊に等しい乾燥肉、沸かした泥水のようなものを想像しておりましたからな。嬉しい方向に期待が裏切られて驚きました。」
よかったな。それじゃ、鼻の穴の豆をどうにかしろ。
「驚くと言えば食事のことだけではございませんぞ、団長殿。」
そうか。豆をどうにかしろ。
「新鮮で豊富な食材、水樽、食器、魔法調理器具の数々はどうやってあの小さな糧食調理馬車に収納されていたのか?このテーブルセットや種々の生活用品はいったいシロキチのどこに仕舞われていたのか?開拓団を名乗りながら、どの馬車も積んでいるのは人間と武器や私物など最低限の荷物だけで、土木建築や農業の道具類はもちろん資材・物資類の一つも載せていないのはなぜか?まるで集団でピクニックか散歩にでも行くかのような軽装備ではないですか。」
だから豆を……じゃないな。
「本物のアホではない、か。」
「いや、気づかぬようでは国王か諸侯くらいしか務まる職業がございませんから今頃ここにはおりません。」
食事の手を止め、正面のジョゼの顔を見る。
「王都を出立する頃、都すずめどもが『異世界人は役を果たして力を失った』などと騒いでおりました。どうやら何かかけ違いのようなものが生じているように見受けられますが…」
宵闇の中から白く細い腕が伸び、握ったナイフをジョゼの首に押し当てる。
鼻の穴から転がり落ちた豆がテーブルの上を転がる。
俺の背後ではレオンとロランが投げナイフの狙いをジョゼの心臓につけているだろう。
周囲の団員の何人かは鞘の留め金を外したようだ。
カザリン、コイツは猟の獲物じゃないからその解体包丁を置きなさい。
「いらぬ詮索は身を滅ぼしますよ、猥褻生物・ドM1号。」
ミレーナの握るナイフが焚火の炎を受けて一瞬赤い光を反射する。
ジョゼの額から垂れてきた汗が頬を伝って落ちた。
静寂。緊張。
「そこまで。皆も落ち着いて食事に戻れ。クマやオオカミの腹を膨れさす必要はない。」
緊張が解ける。日常が戻る。
「領地入りすればいやでもわかることになる。今は『疑問を抱いた』程度にとどめて口に出すな。その方が長生きできるぞ、ジョゼ。」
「そういたしましょう。……ところでお願いがあるのですが、お聞きいただけますか?」
「どうした?言ってみろ。」
「中座をお許しいただきたい。それから沐浴と洗濯の支度を。自分でどうにかいたしますゆえ。」
「ロラン、すまんが頼めるか?」
「はい!ジョゼさん、顔色が優れませんが大丈夫ですか?」
「うむ、だいじょばない。調子に乗ってワケ知り顔のヘンなキャラ造りなどしなければよかったと今さらながら後悔しているところだよ。すまんが手を貸してくれ。へそが抜けて膝に力が入らぬのだ、はっはっは…」
本日は『たそがれ通りの異世界人』も更新しております。