第五話 ウィルキンガム中継宿営地④ 選考会の朝
先行偵察隊の報告を受けて幹部連と会議を行った結果、開拓団第一陣の出発は四月二十三日に決定した。日付が決まったことで中継宿営地とその周辺はこれまで以上に慌ただしさを増していき、当然のように俺の仕事もきかしゅーきゅ…ききゃきゅーしゅ……おほん…幾何級数的に増えてくる。
それでも、暗いうちに寝て明るくなったら起きる生活ができるようなった今は、なんと平和なことだろう。
俺の起床時間に合わせてサーブできるよう、部屋のドアの前でレオンが淹れるコーヒーの香りが漂い始めてくる。少しだけ開いた窓からは、草のにおいをはらんだ朝の清しい風が入りこむ。と、新宿西口駅の前でどっかの赤子が風邪ひいたとかいうのに似たメロディで歌う、魚市場の主みたいな野太い声が行進の響きと共に飛びこんできた。
Today is the best day to die in “ the Zone "
(今日は「戦区」で死ぬには最良の日だ)
Ogres and Orcs are waiting for the dinner time
(オーガとオークどもがご馳走を待ってるぜ)
Tie your thong , get a sword , motivate and cry
(褌締めろ 剣を取れ 殺る気を出して叫びやがれ)
Let's beat their butt up , Bro !
(さあ兄弟、ヤツらのケツにぶちかまそう!)
★Gory Gory hard day yah!
(ああ、血塗れの厄日だぜ)
What a Gory hard day yah!
(なんてえ血塗れの厄日だ)
Gory Gory hard day yah!
(血塗れの厄日だよ!)
Let's beat their butt up , Bro !
(さあ兄弟、ヤツらのケツにぶちかまそう!)
★ 以下コーラスとなって飽きるほどくりかえし。調子が外れようが音がズレようが関係なし。靴音からして何人かは変なステップで歩いているようだ。
………。
ばがらっ(布団を跳ね上げベッドをとび出る音)
だだだっ(窓辺に駆け寄る脚音)
ばたん!(窓を勢いよく開ける音)
「うるせえぞオメエら!!こっちゃ夜中過ぎまで仕事してたんだ!朝っぱらから騒ぐんじゃねえええッ!!!」
起きぬけに大声出さすんじゃねえよ、ったく。
窓から庭を見下ろすと、片目のドワーフが胴間声張り上げながら二十人ばかりの団員を従えてガチョウ歩きで歩いている(やっぱり三人ほどスキップ踏んでやがら)のが目に入る。
「歌い方ァ止め!小 隊、止まれ!……団長!目は醒めたかのう!?」
「醒めたもクソもあるか!オメエら一体何様のつもりだ!?」
「つもりも何も、アッピールに決まっとるじゃろがい!」
アッピール?
「第一陣にはぜひともこのクラサルーゾ小隊を入れられたい!皆この通りやる気に満ち満ちておるからのう!」
「……はやる気持ちはわかるが、昨日も言った通り選抜は試験結果を判断の第一基準にする。こんな朝早くからアホヅラ並べて大騒ぎされても迷惑なだけだ!わかったらさっさとケツまくって飯でも食いに行ってろ!!」
「……どうやらワシらの思いはまだ団長に届いておらんようだのう。小隊傾注!戦場を離れたこっで我らが団長はちとゆるみの生じておらるるごたっ。わいらの力でもういっぺん締め直して差し上げいっ!叫べ!!フラァアアアアッ!!」
「「「 フラァアアアアアアアアッ!! 」」」
「「 うぉおおおおおおおおおッ! 」」
だんだんだんだんだん!(足を踏み鳴らす音)
「遅くまで働いてねえでとっとと寝ろよおおお!」
「「 フォウオォオオオオ!! 」」
「従者に渡してねえできちんとメシ食え!」
「最近猫背になってっぞおおお!」
「毎日お疲れさまでーす!」
「「 ウワァアアアアアアアアアアアアっ!! 」」
だんだんだんだんだんだん!……
うるっさ……おい……やめ……
どばだーん!(右隣の部屋の窓が勢いよく吹っ飛ぶ音)
静寂が訪れる。放物線を描いて宙を舞う鎧戸に皆の視線が奪われる。
一瞬の間を置いてそこから飛び出してきたのは……
パジャマやおネグリ、浴衣風。それぞれ趣味の寝間着のままのミレーナ率いる【開拓団総務鬼人隊】!
必殺の意思が光る眼で皆がその手に構えるは、矢をつがえて発射体勢の軽弩!
待て!俺にまで向けるんじゃない!しかもそれ、きっついカエシで外れやすい矢じりにした最悪のやつじゃないか!?
「全員退避!今すぐ散れえええええっ!マジで殺られっぞ!!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「早朝から大騒ぎで大変でしたね~。」
妙に間延びした声でやってきたのは医療衛生部門のチーフ、カルロッタ。王国の教会では珍しい、種族差別の廃止を訴える宗派の教区医院に努めていた獣人ハーフの女性だ。大戦中のある任務で知り合い、俺たちの考えに賛同してくれてからというもの行動を共にしており、遂にはこうして開拓地までやってきた。ぽやんとして見えるところもあるが芯の強い女性だ。
「アイツらのおかげでミレーナたちの朝食を作らされる羽目になっちまったよ。フレンチトーストでもあんだけ焼けば軽食じゃなくて重食だな。」
「あら残念。団長手ずから調理のお食事なんて久しぶりですから私もご一緒すればよかった~。」
「また今度な。ところで試験のほうはどうなってる?開拓地入りの前に無駄なケガだけはしないよう、キツく言ったつもりだが。」
「骨折に関しては治癒魔法で今日中に回復できる程度が今のところ三人、時間薬が必要なレベルのが四人ですね~。打撲・捻挫・脱臼とか切り傷程度はいつも通りカウントしておりませ~ん。」
「程度に関係なく骨折が三十人を超えたら教えてくれ。…っとに、何であんなに必死になるかね?」
・ ・ ・ ・ ・
出発日時が決定したことを伝えたら、団員たちの間に動揺が走った。
「「「 第一陣に選ばれるのは誰だ!? 」」」
「このアタシを無視はしないだろうねえ」
「もちろん俺だよな?」
「開拓地に水虫持ちこまれちゃ困るからテメエは最後だ。」
「おもしれえ、表出ろやコラ!」
旧808連隊時代の名残りか、どいつもこいつも「一番乗り」に妙にこだわりやがる。
第一陣ってことはつまり一番キツイってことでもあるんだぞー。わかってますか皆さーん!?
んでだ。希望者が余りに多かったので選抜試験をやって決めようという話になったわけで。
牧草地では短距離走、長距離走、跳躍、弓射投擲、徒手格闘、武器戦闘、魔法などの個人技能や建築、土木、重量物運搬などの集団技能についてのテストが行われている。
個人技能に関してはフィジカル面で総合的に優れる獣人と鬼人の名前がランキング上位を占める。ドワーフもいいとこはいくが、走るのが苦手なせいでかなり点数を落としているな。エルフも悪くはないが、いまいち点数に伸び悩んでるようだ。
「平地のみでの試験なんて私らに不利なだけじゃないですか!何で森林とか山岳のステージを作って下さらなかったんですか!?」
めんどくせえからだよ。時間もないし。オマエらはまだいいよ?「真種」の連中見てみろ、
「俺は…俺は、今日ほど自分の無力さを呪ったことはない!」
「ここまで一緒に戦ってきた仲じゃないか!今さらお荷物扱いはしないよな?な!?」
「いーやーだー!ぼくもかいたくちにいーくーのーっ!」
「…実は少しずつ貯めてきたカレー粉がここにある。取引をしようじゃないか。」
買収はルール違反だぞー。
集団技能については小隊それぞれの特色が出ておもしろい。
『隊長の号令一下、一斉に深さが2メートルもある塹壕を掘る隊』
『プレハブ方式を採用しているとは言え、そこそこの大きさの倉庫をあっという間に建てる隊』
『全員が騎乗や御者の技能もちで、ロデオや馬車制御の妙技を披露する隊』
『ウィルキンガムまでの移動中に仕留めた獲物の多さをもって、自分たちは食糧調達に最適であるとの見事なプレゼンを展開する隊』
『ハカに似た踊りと声でとにかくやる気があることだけは伝えようとする隊』
『ミレーナに甘物の袋を手渡して知能の高さを証明する隊』
最後の連中はマイナス10ポイント。
「嘘じゃああ!」
「おい、話と違うじゃねえか!?」
だから、買収はルール違反だって。目の付け所は悪くないけどな。でも開拓で必要な知恵ってのはそういうのじゃないんだ。
それと、バルテリンク商会チームは特に何かする必要はないぞ。
「よかったな、大兄の裸おどりを見せなくてすんだ。」
「普通、商会員なら計算とかじゃなかったのか?」
・ ・ ・ ・ ・
あれやこれやのドタバタの末、日暮れ前に試験はなんとか終了して今は楽しい夕食タイム。今日は各々プレートに好きなものをのせてゆくブフェ形式だ。
山のように積まれたバンズ、パストラミ、ソーセージ、チリミートソースにサルサ、新鮮な野菜類、十種以上のピクルス、削りチーズに溶かしチーズ、フライドポテト、プレッツェル、甘物……
そして、ビール!ビール!ビール!
「団長、どれいくスか?」
「スタウト、まずは1パイントでいい。」
ビールも好きなんだが最近はどうも炭酸が腹に溜まる。トシかなあ…
普段なら「どこでもご自由に」で座るんだが今日は別。幹部連が集まるテーブルにプレートを置くと、すでに着席していた全員の視線が集まる。
「待たせたな。飲み食いしながらでいいから話を進めよう。まずはビョルン、個人試験でコイツは第一陣に入れたほうがいいってのは出たか?……」
予想していた通りではあるが、試験結果の上位は獣人と鬼人が独占。やはりコイツらを主軸にってことになるか。
「ミレーナ、集団技能のほうだが…」
総務鬼人隊による厳正な審査の結果、最高点を出したのはクラサルーゾ小隊……
「なあ、まさかとは思うが賄賂が結果に反映してるってことはないよな?」
「まさか。公正な判断に努めました。彼らは土木建築に関して総合的なレベルの高さを持ってますから、贈賄や今朝の件をさっぴいて考えても順当な結果です。」
なら仕方ない。オマエがいいと言うんならそれでいい。他は、上位はバランスの取れてるところが強いな。「個人はムリでも駅伝なら負けない」ってヤツだな。
ん?ジェンティローニ小隊…ってここはエルフだけの隊だろう?技能のバランスとしては不利な連中だと思うんだが、随分点数が高いな。
「小隊長のマルチェロをはじめ、団員の半数がレベル3までとはいえ治癒魔法を使えます。それに植物に関する知識が豊富で薬草の扱いにも長けていますから医療衛生班の支援にもなるかと。何より、自分たちがいかに強い情熱をもって開拓団に参加しているかを伝えるための寸劇が審査員の涙を誘いました。」
ああそうですか。ネタ枠ってことですね。
・ ・ ・ ・ ・
「試験の運営と採点、ご苦労だった。結果は今晩考慮したうえで明日の昼飯前に発表すると伝えてくれ。それじゃ、後は好きなように。」
解散を告げると幹部連は三々五々分かれていった。メシや酒のお代わりに行くやつ、歌い踊る輪に入っていくやつ、食事を切り上げてやり残した仕事にむかうやつ、いろいろだ。でも残業はよくないぞ。残業代だって出んのだからええころでやめとけよ。
ロランが三杯目のビールを持ってきてくれたところで一人の男が近づいてきた。
「団長、お呼びだそうで。」
「スマンな、メシは食ったか?」
「はい、それはもう。」
酒保を管理する責任者で、ウチでは少数派の「真種」人間族連中のまとめ役でもあるペーター・ミュラー。パッと見は事務機器レンタル会社の中間管理職みたいな雰囲気だけどな。
「早速だがペーター、真種人間族は大半を第二陣以降にまわす。一部、小隊の編制を変えることにもなるから中には文句を言うのも出るだろう。押さえてくれ。できるか?」
「それは…ご命令とあれば何でもやりますが、ただ黙らせるってのはどうも具合が…。理由を伺っても?」
「近く、王都の「非真種」難民キャンプでは移住に向けた動きが始まる。俺の予想では、六月末ごろには最初の連中がこの宿営地に到着するはずだ。その時にな、見せたいんだよ。」
「見せたい?」
「ああ。青くせえ考えだとはわかっているが真種と非真種が何らの別なく働いている様子、『ここから先は種族間の壁はない』というのをやって来る連中に見せつけてやりたいんだ。【808】がそうだったようにな。それで、真種人間族の姿がなるべく彼らの目に付くように、残る人数を一時的でも増やしておきたいんだ。」
「はぁ……それを話されたうえで断りでもしたら、私は開拓地に入れなくなってしまうじゃありませんか。わかりました、任せてください。不満が出ないように上手くやっときます。」
「頼むわ。それじゃ…」
『ラッキー・ヒット』のカートンと『ワイルド・ピーコック 14年』をテーブルの上に置くと、ペーターはにっこり笑って、腰に結わえた【マジックバッグ】の中にするっとしまい込んだ。
「すいませんね、団長。」
「これで済むなら安いもんだ。」
「ではこれで…」
席を立ち、こちらを向いた背に声をかけてみる。
「王都のキャンプじゃ人買い、人攫いが出たそうだ。何か知らないか?」
足を止め、首だけを少しこちらに向けてペーターが答える。
「アントノフんとこの下部組織ですよ。取るに足らん三下ですが、ケジメはつけさせたそうです。ご安心を。」
「…これも持ってけ。」
放り投げた小袋をちらと見もしないで後ろ手でキャッチしやがった。器用だな。
「何ですか、これは?」
「そろそろ【遠話通筒】の魔石が切れる頃じゃないのか?」
「あ、『持ってる』って自分からバラしてるようなもんでしたね。ペーちゃん、うっかり…」
「親父さんによろしく伝えといてくれ。」
「承知。」
私物の制限はしてないから、【遠話通筒】を持ちこむくらい構わんのだがな。それでも一応『何やってるか知ってるぞ』ってことは伝えとかなきゃな。団長として。
おもしろいだろ?ああ見えて、王都最大の縄張りを持つ組の一員だっていうんだから。
さて、メシ食って風呂浴びたらメンバー選びをやらなきゃな…