第四話 ウィルキンガム中継宿営地③ 宴会
四月六日、昼飯前。シモンの予想よりやや遅れてクレルモン兄弟が宿営地に到着した。護衛隊のリーダーによると、盗賊こそ出なかったものの(そりゃそうだろう、街道はウチの連中があらかた始末しながら来たからな)魔物の襲撃が幾度かあって、旅慣れないのを護りながらの道中ゆえに手間がかかったらしい。
「こんな街道を背嚢一つの軽装で単騎で突っ切って無事とか…ここの会頭はどうかしてる。」
とは彼の言だが、それを否定するだけの材料を俺は持ち合わせていない。
シモンは兄弟と打ち合わせや諸々の支度を行い、護衛隊の三分の二を引き連れて明後日の朝には王都に帰還するとのこと。休養らしい時間もないままとんぼ返りになる護衛隊の連中には酷な話だ。せめて明日の昼食を豪華な送別会にしてやるべきか。
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「さて、こちらを発つ前に商売は商売としてきちんとすませておきませんと。ランゲン団長、まずはこちらを…」
シモンがマジックバッグから出してきたのは銭樽五本分のノーブル金貨と八本分のグロリアス銀貨。食料品メインの販売でこれほどか。まるで小国の年間予算だな。
「エリオット卿が購入した醤油の代金も含まれております。しかし、あの方はさすが食通と呼ばれるだけのことはございますな。値引きもせずに全てお引き受けになられました。」
初期餌付けメンバーの一人だしな。醤油に関しちゃ中毒とか依存症と言っていいレベルでハマっていたから理解できない話でもない。まあアイツは金持ちだ。せいぜいふんだくってやるがいいさ。
「…ところで、真贋鑑定や金額の確認はなさらないので?」
「なんだシモン、ハネてんのか?」
「まさか。」
「ならいい。これに関しちゃオマエに任せると言ってあるだろう?」
「有難うございます。では次に……」
誰もが嫌がって手をつけてこなかった辺境の開拓といえば国家事業なんだろうが、この国の上層部は俺たちに予算を出さなかった。
日本で最初の南極観測隊を率いた永田武・東大教授は大蔵省(当時)と折衝をした際に『南極精神で頑張れ。金は出さん。』と言われたそうだが、まさか異世界で同じような言葉を聞こうとは思わなかった。結果、俺の特殊スキル【世界間貿易】を利用した現金収入確保の道を作らざるを得なかったわけだが、シモンのような有能な商人なしではこう上手くはいかなかっただろう。まあだから、アレだ。晩ごはんのおかずが一皿増えるくらいの中抜きなら必要経費と考えてやるから、これからもよろしく頼む。
当初の予想を上回る利益になることがわかったので、シモンに貸し出してある【マジックバッグ】を容量の更に大きいものに替えて新たに商品を引き渡す。今後に向けて取り扱い品目を増やしたいとの要求があったので、取りあえずそのように。前回は砂糖、香辛料、醤油、酒類、石鹸、薬品に限ったが、今回は食用油、塩、蜂蜜、ガラス(板、棒、瓶、玉)、染料・顔料、糸、生地、化粧品、香料、紙を加えてみた。
「どんなに大枚はたいても買えそうにないもの、未だ目にしたことのない異世界の品々がこんなにも容易く入手できるというのに勿体ない……。団長、今からでも御翻意なさいませんか?王都は無理でも、どこか近くに隠れ家をご用意いたしますよ?」
「前にも言った通り、開拓地行きは俺自身の希望だ。それにいつまでもこんなやり方で金儲けし続けようとも思っていない。なるべく早くこの世界でも広く、こういうのが生産できるように皆のケツを叩くから、オマエにも思惑はあるだろうが我慢してくれ。」
「これは、余計なことを申しましたな。何卒御忘れ戴きたく…」
「気にするな。それとコレ、預かっておいた【遠話通筒】だ。距離と通話時間の制限を解除してある。あと、こっちに残る兄弟の誰かにオマエとだけつながる端末筒を渡しておくが、それでいいか?」
「おお、それはまた結構なお話でございますな。お気遣いいただき、誠に有難いお話にございます…」
ここに来たときはあんなに怒っていたシモンだったが、いろいろ小さなサービスをしてやったこともあってか機嫌もなおり、いかにも商人らしい口調になってきた。でもな、オマエの場合は裏がありそうで怖いからフツーにやってくれ。
日暮れ前には先行偵察に出した連中がへろへろの姿で帰ってきた。とりあえず帰還の報告だけ受けて、今日の所は風呂に入って休むよう命じる。やはり、明日の昼は送別会兼慰労会にしてすこし贅沢にやろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「リベリオ、二番のピットが空く前に次の肉の準備しとけ!エミールは飯缶の確認だ!十五分もすりゃピラウが焚きあがるから机に場所作っとけ!カザリン、甘物のほうはどうなってる?団長の許可が出てるんだから砂糖ケチるんじゃねえぞ!サボルな、オリバー!」
「おーい、麺もなくなっちまったぞー!」
「今茹でとるわい!もう三分待て!腹がへっとるんなら、そこの揚げパンでもかじっとれ!」
「板長、肉はまだかよ!俺、二切れしか食えてねえよ?」
宿営地テント村の中央広場に製作した宴会場は、走り回る食堂スタッフと料理に群がる我が開拓団員と明日には王都へ帰るお客様とで戦場のような騒ぎだ。前日に急遽依頼したにも関わらず、「やおはち食堂」を率いるモーガン・ホーガン板長は焼肉をメインにした立派な宴会料理を用意してくれた。もちろんサイドメニューも充実だ。
「ホーガン、急に頼んですまなかったな。」
「別に構わんぞ。物見に出た連中が帰ってきたら何かやるだろうとは思っとったからな。それよりも団長、肉が足りそうにない。」
「マジか?牛が三頭に豚八頭、仔羊に鶏も渡したろう?」
「昼から飲めるとわかった連中がそれ位で足りようもんかい。そうさな、豚五頭、なんとか都合つかんか?」
まあストックの問題はないし、いいか。調理場へ向かい、スタッフにアイテムボックスから出した枝肉を渡す。
「すんません団長、助かります。まさかこんなに早くなくなるとは思わなかったもので…」
「いいよ、俺もアイツらの胃袋を甘く見てた。それより、皆にうまいモン食わしてやってくれな。頼む。」
「りょーかいっ!!おい、肉が来たぞ!すぐ捌くから手を貸してくれ!…」
慌ただしい調理場を後にし、本日のお付きであるロランを引き連れて宴会場をまわることにする。真昼間だというのにどいつもこいつも仕上がってるな~。
下帯一本になり肩を組んで高歌放吟する犬狼氏獣人とエルフ。杯を重ねながら相手の胸板に交互に逆水平チョップを打ちあうゲームに興じるドワーフと、それを賭けの対象にして囃し立てる博打好きの鬼人たち。喧騒を離れて小さなタープの下で二人だけの世界を楽しむヒトとエルフの男女。
そして酒と肉には脇目もふらず、ただひたすらに甘物を摂取するミレーナと数人の女性団員。
なぜか全員が所謂メイド服である。コスプレ的なミニスカのフレンチメイドではなく、正統派ヴィクトリアンな装いなのは個人的趣味の観点から大変素晴らしいと思う。
でもな、まだそういうのは必要としてないんだ。
俺たちは当面テント暮らしの生活が続くんだぞ?
「いつも通り、どえらい大騒ぎですね。」
「ここに着いてからはとにかく仕事のほうを優先させたからな。駐屯地を出て一カ月、丁度いい息抜きの時期だったんだろう。」
三、四か所で乾杯に付き合い歌を披露させられ、羽目を外しすぎそうな連中をそれとなく制してから空いた席に座ると、リベリオとレオンが料理の皿やら酒やらをワゴンに載せて持ってきてくれた。気が利くじゃないの。
「お疲れさんス。団長もしっかり飲み食いしたほうがいいッスよ?皆、テメエのことしか考えてないんスから。」
「なに、この宿営地を発ったら宴会なんて次はいつになるかわからん。今日のところは好きにさせとくさ。レオン、酒を頼む。黒糖焼酎、ロックで。」
「ん~……そうだな…『カピタン・鬼童』でいいですか?」
「おう。お前も飲むか?」
「未成年なんで、遠慮しときます。」
ここらの文化・法律じゃ16歳は大人扱いだろうに、優等生的な答えだね。そんなできる子ちゃんに問題だ。俺の『バントライン17年』が少しずつ減っていってるのはなぜでしょう?答えがわかったら一杯つきあえ。
ホーガン板長自慢のローストポークやリベリオの新作料理を楽しんでいると、この会場では数少ない素面の一人、セルジュ・ギャバンがクリップボード片手に対面に着席した。王都や各都市に配置した【機関員】とここを結ぶ通信網の責任者だ。
「団長、少しお時間を頂戴しても?」
「構わん。どうした?」
「王都、コージュン、テッケリの難民キャンプで『人買い』『人攫い』が始まったとの情報が上がっています。」
「早いな…。こっちの動きが何か漏れたか?」
「いえ、その心配は。単純に賃安労働者の確保を図った幾つかの貴族がゴロツキを動かしているだけのようです。」
「なら、各地のアタマの考えで自由に動いていいと伝えろ。それと、王都キャンプには『来年の春には移住希望者の受け入れが正式に始まる』と噂を流せ。」
「領地入りすらまだなのにそんなことをしても大丈夫ですか?」
「ここの整備は三分の一くらいは目途が立った。むしろこれから空き家期間を作らないためにもそろそろ動く奴が出てきたほうがいい。今から秋にかけての移動なら季節はちょうどいいし、脱落者もそうは出まい。このレイントン州に入りさえすれば何とかしてやれる。」
「団長はどれくらいが動くとお考えで?」
「獣人、鬼人、エルフの合わせて五氏族くらいは間違いなく動く。まずは800人に届くかどうかって人数だろうが最初はそれくらいでいい。」
特に王都キャンプの犬狼氏獣人、シヴァ族とタキア族はウチに身内が多い。アイツらは働きもんばかりだから頼りになる。本音を言うと、今すぐにでも200人ばかり欲しいくらいだ。
「レオン、宴会が済んだら先行偵察隊の報告を聞いて第一陣の出発日時を決定する。幹部連にいつでも会議が開けるよう準備をする旨伝達を頼む。」
「はいっ!」
さーて、忙しくなるぞ……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
―― 王都某所にて
「厄介払いができて本当にせいせいしましたな。」
「フン!異世界人風情が調子に乗りおったからこうなるのよ。いい気味だ。だが、これでやっとあるべき王国の姿に戻せるというもの。」
「このままあの化外の地で朽ち果ててくれれば問題はないのですが、な。」
「時間の問題だろう。今や彼奴めに【五英雄】の如き力はなく、辛うじて残ったナントカいう物品取り寄せのスキルも、最近ではとんと弱まったと当家の草が報告しておる。」
「来年の今頃は、朗報が入ることを期待できそうですな。」
「全くだ。…ところでビニャーレ子爵、一つ聞きたいことがある。」
「何でございましょう、ミケロッティ伯爵。」
「其方の家にショーユはあるか?あれば相応の値で買い取りたい。」
「おや、実は私も伯爵家の在庫をお分けいただきたく思うておったのでございますが…」
「其方もか。昨日、ベルトーネ家も都合がつかぬかと言ってきたところよ。」
「噂では連合王国の大使殿がかなりの数を本国へ送られたとか。打診してみますか?」
「いや、やめておこう。アイツは第五王女と懇意にしておる。そんなヤツにこちらから接触する必要はない。……まあよい、いずれは市場にも出回ろうて。」
「我が国のみならず、周辺諸国の貴族も入手するために苦心していると聞き及んでおります。しばらくは我慢するよりほかなさそうですな。」
「そのようだ。しかし、産地はおろか王国内での元卸の業者すら不詳のままとは可笑しなソースだな、アレは。」
「仰る通りで……」