第三話 ウィルキンガム中継宿営地② 腹心到着
シモン襲来の三日後、残務処理等を終えたミレーナが四人の旧・第808連隊の面子と共に到着した。
「ミレーナ・シルキア他四名、第808連隊関連の残務処理並びにコルトレーン駐屯地引継任務を完了して退役。本日、こうしてウィルキンガム宿営地に罷り越しました。何卒、開拓団への参加をお認めくださいますようお願いいたします。」
「ミレーナ・シルキア他四名、オーバン領主ロン・イー・ランゲン男爵の名のもとに同地開拓団への参加を許す。……ご苦労だったな、ミリィ。予想よりずいぶん早い到着だが、無理をしたんじゃないのか?」
「街道を抜けるのに多少トバしましたが、いつも通りですよ?」
「そうか。二階にお前の部屋を用意してある。この『小屋』には広い風呂場もあるから、しばらくはゆっくり休むといい。まだ先は長いぞ?」
「はい、ありがとうございます団長。……んんんんん……やったー!
これでっ!自由っ!だああああああ!!」
おりょりょ。そんなはじけっぷり、軍にいた頃は見たことがないな。
「まあ座れ。しかし、本当によかったのか?」
「何がですか?」
「俺たちが行く先は曰く付きの土地、悪名高きマグナート州はオーバンだ。お前ほどの人間が、軍での出世の道と引き換えにするほどの価値があるとは思えんが…」
「【邪帝】はすでに討たれて各地の復興も進み、表面上は平和な時代を迎えつつあります。ですがそうなったら女で、しかも鬼人族の将校なんて王立軍に居場所はありません。せいぜい辺境駐屯地の白髪鬼婆副司令でキャリアを終えるのが関の山です。それに、私を仲間外れにして今後の事業が成功すると思いますか?」
「自信満々だな。ま、それでこそと言うべきか。」
「もちろん、それだけじゃありませんけどね。」
「?」
「最近は『呑気でちょっと危険な、味噌や醤油のにおいのする男性』の傍で生きるのも面白いかな、と思ってるんです。」
ほう、博打好きで借金持ちの板前でも亭主に所望か。随分レベルが高いな。そういうオトコの趣味だったっけか?
「ちがいます。」
「何も言ってないんだが……?」
「わかりますから。」
ああそうですか。ビョルンと同じですね、わかります。
「ところで、団長には一応むこうの様子もお伝えせねばと思うのですが、時間のご都合は大丈夫ですか?」
「構わん。ロラン、コーヒーを二人分頼む。クッキーは三人分で。」
「四です、四人分。」
「…だそうだ。」
ミレーナの報告によると、連隊解隊後の残務処理は何らの問題もなく終わったようでまずは一安心だ。だがこれで栄光の【808】は、諸部族協和の象徴でもあった【破邪の礎】は完全に過去のもの、書類の上や王立軍史の中だけの存在になったわけだ。その点は少し寂しくもあるか。
「…大変だったのは駐屯地の引継ぎのほうです。マシェフスキーの奴、愛人を駐屯地内に住まわせようとしてたんですよ!それも三人も!おまけに連れてきた兵士たちの質の低さときたら……。立ち合い監査役はセヴァネン中佐でしたが、日に五回も胃薬を飲んでおられました。」
さすがドぐされビア樽、やることにソツがない。方向が真逆だけど。あとセヴァネンの胃も心配だが、今もっと心配なのはお前の胃だよミリィ。冬眠前のリスかモモンガじゃあるまいし、そんなペースで菓子ばっか食べて大丈夫かね?
「もぐもぐ…平気でフ。半分以上は脳にいきまフから…もぐもぐ…」
だから……俺は何も言ってないって……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ふむ。ミリィ、ご苦労だった。心から礼を言う。本隊出発まではまだ時間があるから、しっかり休養しろ。その間に仕事を何か見つけておく。」
「はっ。それでは失礼いたします、旦・那・様。」
「……しばらくは『団長』で。」
「ふふふ、そのように。」
ミレーナがドアノブに手をかけようとすると、古女房がノックをすることもなく入室してきた。
「おやおや、どっかで見た馬が繋がれてるなと思ったらやっぱりオマエか。随分早い到着だな、ミレーナ。」
「ノルトランデル元・中佐もお変わりないようで。」
「おっと、その呼び方はやめてくれ。今の俺はランゲン男爵家『一の家臣』、ビョルン・ノルトランデル衛士隊長だ。間違えるな?」
「……チッ、先を越されたか……(小声)」
「何か言ったか?」
「いえ、何も。それではまた、後程すぐに。うふふふふ…」
ロランがおかわりにと用意したクッキーの袋を手に、ミレーナは意味ありげななさげなよくわからん笑みとともに部屋を後にした。
「ところでビョルン、用件は何だ?」
「ここの代官との話し合いが終わりました。五の姫様が事前に連絡をして下さったこともあって、概ねこっちの要求通りに……」
王女殿下の領地の代官だけあって一筋縄ではいきそうにない御仁だったが、こちらの提示した交換条件が向こうの需要とも合致していたこともあって話は早かったそうだ。
今回合意に達したのは
① ウィルキンガムにランゲン男爵家の100%出資で林業関連施設を建設すること。
② ①の施設で生産される木材のうち20%を代官所に五年間納めること。
③ ①の施設とその設備について、十年後にその管理権を第五王女殿下に譲渡すること。
の三点だ。
これから開拓を進めていけば様々な用途で大量の木材が必要になるが、特に初期事業で必要な分についてはこのウィルキンガムから供給することを俺は思いついた。レイントン州自体、山がちな地形を利用して昔から林業が盛んな土地だそうで、特にこのウィルキンガムは街道沿いにあって交通・輸送の便がいい。しかもここは五の姫エレクトラ殿下の所領。俺がここで金を落として領民に雇用の場を与えれば、それはすなわち殿下へのサポートにもなる。
①については全く異存なし。むしろ僅かばかりの出資をタテに口出しされることのほうが困る。
②についても文句はない。ビョルンの話によれば、ここらの製材施設はどれも老朽化して生産能力が著しく低下しているそうだから、領内の木材需要に応えるためにもそれくらい納めるのは当然だろう。
少し注意が必要なのは③だ。速成乾燥庫や製材工場などは既に完成し、いつでも操業可能な状態にある。だがモノがモノだけに開拓団の連中でなければ扱えない設備がほとんどだ。元々何らかのかたちで領民を雇用することは考えていたが、譲渡を十年後とするのなら初めのうちからけっこうな数の人間を雇い入れて教育をしていかなきゃならんかもな。
え?「製材所の安売りだな」って?
そうでもない。開拓地で必要になる家畜や家禽、すなわち牛、豚、羊、馬、驢馬、山羊、鶏なんかは相当数がエレクトラ殿下から「下賜」されることが決まってる。その礼だとすれば、むしろお得なくらいだ。
「製材工場で働く人間については代官所のほうで選定を進めるから問題ないとも言ってましたけどね。」
「代官は信用できる相手だと思うか?」
「とりあえず問題はないかと。五の姫様の悪戯を、かなり進んだ段階まで聞かされておりましたからね。」
「…と言うことは例の件も?」
「当然書面にはしておりませんが、そっちもあらかたカタチになるまで詰めておきました。まずは……」
そう、今回の代官との交渉には表に出せない話もある。内容が内容だけに、下手に知られると姫様も俺も失脚する恐れがある(受け入れる気なぞさらさらないが、俺の場合は死罪だってあり得る)。あくまで「下の者が独断で進めた悪だくみ」という体を作っておいて、いざという時は我が身を守らなければならない。
「……ってトコロですね。できればもう少し練っておきたいところですが、周囲の目もありますから直接会う回数は減らした方がいいかと思います。」
「委細承知。面倒だろうが、この件はお前に任せる。うまくまわしてくれ。」
「はっ。」
可哀想な話だがビョルンには今後、俺の身代わり人形になってもらう。貧乏くじばかり引かせて、本当にすまん。
ん?『そんな大それた話を、人の出入りも多いこの家で真昼間からやってて大丈夫なのか』って?
問題ないさ。ロランなら
「最初から悪戯一味のメンバーですよ?僕は。」
だし、レオンも
「こんな面白そうな話から俺をのけものにしようって言うんなら、今からでも王都までタレこみに戻ってやりますよ。」
ときてる。
あ、ああ!アンタたちの言ってるのはアレか、ミレーナが来たときから床下やらで盗み聞きしてた連中のことか?ちょっと前にどっかへ行っちまったけど。
そっちも大丈夫、問題ない。
時間的にはそろそろ……
コンコンココン
「団長、カティヤです。失礼します。」
「おう、入れ。で、どうだった?」
「上ノ頭と中ノ目は捕縛してカルロッタに渡しました。あの程度じゃ二人とも夕食前には口を割りますね、絶対。あと、どうにもうるさいんで下ノ耳も全員捕縛しました。ただ……」
「ただ、どうした?」
「ミレーナたちが来てるんなら言ってくださいよ。レティシアに三人目で先を越されちゃったじゃないですか。」
働きモノだね~、あいつら。ミリィには「五人ともゆっくり休め」ってつもりで言ったのに。
「…記録、途切れちゃった……」
「あーもう、そんなことで泣くなって。な、カティ。ええと……ほら、おまえの好きなビーフジャーキーだぞぉ、な?」
「…!わむん!……はぐっはむ……へへへ……おいしい……」
「そっちのほうはおまえとベノワに一任するから、好きなようにやっていい。ミレーナたちには別の仕事を見繕うから、また記録を重ねよう。な?」
「はい!それでは失礼します!団長、ジャーキー御馳走様でした!」
どうよ?うちはさ、みんな優秀なんだよ。
―― しばらく後の王都某所。
「密偵が帰還したそうだな。それで報告の内容は?」
「直接会ってお聞きになったほうがよろしいかと……」
「?」
「連れて来い。」
「♪てぃるいりるてぃるりるでぃーんだーん すくるりるすくるりるどぅいりだーん はーまーはーにーすぃーんぎーん てゅいりーびーらーくりーにーん へでらふぅいっ!りべらはーるーいっ!ぷりっ!……」
「おい、何だこれは!?」
「わかりません。普通に受け答えしていたと思ったら、話が例の宿営地に及んだ途端こうなるんです。何度か試しましたが結果は同じで、あと十五分くらいこれが続きます。しかも本人は自分がこうなっていることに気づいていません。調査した内容を適切に報告した、と心の底から信じ込んでいます。これが終わるまで待ってご覧になりますか?むっかつきますよ~。」
「もういい!密偵は他にもいただろう?ソイツらを連れて来い。
「…はっ」
「「「「 ♪ぱでるっぱっぱっぱっぱっぱっぱっ ぱっだっどぅえるふりぃっぴいいいっ すくるるびだんすくるるびだんすくるるびだんすくるびどぅらっぱっ ばっだっぐっでっりーんらーん はまらばえるけるーりーどぅーんだーん へでらほえれけりーだんるぇーんだーん…… 」」」」
「…………。」
「殿下、如何なされますか。」
「俺はもう寝る。後はオマエが片付けとけ。」
「はっ。それはよろしいのですが、お休みになる前に一件お耳に。」
「何だ?」
「広場の特別部から請求書が届いております。」
「請求書ぉお!?一体何に金を出せと言ってきたんだ、アイツらは!?」
「密 偵の貸し出し費用です。」
「コレに金なぞ出せるか!請求書など叩き返せ!」
「本当によろしいので?」
「?」
「たとえば殿下のお言葉通りにこの後、請求書を連中に叩き返すとしましょう。そして殿下は当然お休みになられるわけですよね?」
「うむ。」
「明朝お目覚めになった時には殿下の褥の中に、口に【いやぁん】を詰め込まれた私の素首がございましょう。殿下、短い間ではございましたが大変お世話いたしました。来世では何卒私の人生と交差することのない道をお選びくださいますよう、衷心よりお願い申し上げまする。」
「……別荘を一つ処分して予算を捻出するように。」
「ご英断でございます。」