第二話 ウィルキンガム中継宿営地① 商人襲来
三月二日にコルトレーン駐屯地を出発して、俺たちは街道を西に進んだ。道中は野生動物だの魔獣だの盗賊だのの襲撃もあったが、頼もしき我が開拓団員たちはこれらを苦もなく撃破。手土産と共にレイントン州ウィルキンガムに到着したのは三月二十五日のことだった。
五の姫様が俺たちに貸してくれたのは広大な牧草地と、それを見下ろす丘に建てられた一軒の「狩猟小屋」。到着した翌日からこの一帯を入植希望者の中継宿営地として整備すべく作業を始め、今日で五日が経過した。今のところ予定を大きく狂わせるような問題もなく、ことはすべて順調に運んでいる。
仮の本部を置いた「小屋」は一部煉瓦造りの二階建てで、魔法具を使った地下水汲み上げの簡易水道に魔道コンロを備えた本格的キッチンやシャワー付きの広い風呂場、浄化槽を備えた軽水洗トイレまで持つ、「屋敷」とか「邸宅」とか言った方がしっくりくるシロモノだった。戦後復興でヒイヒイ言ってる土地もぎょーさん残ってるというのに、なんとまあ贅沢なこと!
「自由に使え。使い潰しても構わん。」
との仰せだったのでもちろん遠慮なく使わせてもらうが。
二階は俺やビョルンら開拓団幹部の部屋とし、一階の居間は調度品の類を撤去してマップテーブルを据え、仮設本部兼会議室とした。
現在、「小屋」の眼下に広がる牧草地には団員たちがバラックを建て、今後到着する予定の移住希望者の受け入れ態勢を整えつつある。当初の見込みでは最大で1000人程度を一時収容できればいいとしていたが、もしもの場合を考えてもう500人分くらいは用意するべきかと考えているところだ……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
朝から数か所に井戸を掘る指揮を執り、ブロックごとに配置する仮設トイレの準備ができたあたりで昼休憩。以前の「司厨給養隊」改め「やおはち食堂」のテントで昼食を受け取る。
さーて今日のメニューは、と……
『六穀(米、もち米、もち麦、押し麦、ひき割大豆、小豆)と鳥牛蒡のまぜめし、カリーヴルスト(ソーセージ、フライドポテト、マカロニ・アンド・チーズ)、根菜の味噌汁(麦味噌)、香の物(沢庵、梅干、高菜、辣韭、ガーキン)、甘物(林檎のコンポート)、麦茶または白湯
※ パン食を希望する者は直接食堂スタッフへ 』
………。
コイツら本当に地球の(主に日本の)食生活に馴染みやがったな。
初めの頃に
「これ運呼じゃねえの?」
と訝しがった味噌はあっという間に定番食材・調味料の座を獲得したし、
「これ雲狐だよね?」
と一同戦慄畏怖驚愕したカレーもいつの間にか人気メニューだ。
嘘かホントか知らないが、携行口糧の味付けにと班ごとに支給しているカレー粉は今や、数十倍の重量の魔石や金銀と引き換えに闇取引されているとか。ええ加減でやめとかんと、こういうのはそのうち死人が出るぞ?あ、やめさせる立場にあるのは俺か。
………んじゃまあいいや。おもしろいしもう少しほっておこう。
「団長、麦茶です。」
「お、すまん。自分で取りに行ったのに。」
「従者の仕事も残しておいてくださいよ。」
団員たちと同じ露天のテーブル席につくと、レオンがカップを置いて隣に座った。従者が領主の隣に座り同時に食事を摂る。そこらの貴族サマが見たら正気を疑いかねない光景だろう。
だがこれは第808連隊創設時からの俺たちの食事ルールだ。
『メシに種族差身分差階級差なし』
異世界人と非真種人が肩寄せ合い、同じ釜の飯を食うことで団結心を高めて【破邪大戦】を乗り切り今日に至ったわけで、そう簡単には変えられない。当面変える気もない。
「レオン、これ食え。」
ヴルストの皿を渡すと、我が従者君はにぱあっとあどけなさの残る笑顔で受け取った。
「ありがたく頂戴します!ゴチんなりまっす!」
「やれやれ、相変わらず団長は付け人に甘いッスねえ。あ、汁のお代わりいかがッスか?」
寸胴を据えつけたワゴンを押してまわるのは食堂運営スタッフの一人でハーフエルフのリベリオだ。
元々はコイツも従卒だったんだが、ある日突然
「スンマセン!自分、司厨給養隊に配置転換を希望するッス!!料理人になる夢、叶えたいんス!!」
と言いだした。ミレーナは
「キサマ、名誉ある連隊長付従卒の任務を何だと思ってるんだッ!」
とお冠だったが、面白そうなので認めてやったところめきめきと頭角を現し、今では未来の料理長候補として主菜を任されることもあるのだとか。適材適所策大成功である。
「汁か。そうだな、こっちにくれ。」
飯が半分ほど残ってる丼を差し出すと、嫌そうな顔をしながらも受け取って汁を注いでくれた。
「まーた汁かけ飯ッスかぁ?あんま行儀の悪いことばっかしてっと、板 長に怒られるッスよ?はい、どうぞ。」
「いいんだよ、時間が惜しいから。これならサカサカっとかっこめてラクなんだよ…」
丼に香の物もぶち込んで一気に流し込む!
わしゃしゃしゃしゃ…うンま……
「しーらねっすよ、もう……」
そもそもだね、これらの料理を伝え教えて食材を供給する俺よりオマエらのほうが日本式の行儀だの何だのにうるさいというのは、少しおかしい気がしないかね?それに、「開拓メシ」なんざ無作法くらいで調度いいんだよ。
コンポートを口止め料としてリベリオの口に放り込み、麦茶を飲んでいるとカティヤがやって来た。
「団長、王都から客人です。」
「客ぅ?誰だ?」
「バルテリンク商会のシモンさんです。ただ…」
「ただ?」
「王都からずいぶんブッ飛ばして来たらしくて、着くなり馬諸共に倒れました。カルロッタが言うには一時的な過労だから問題はない、と。水飲ませて回復魔法かけてましたから、すぐに来るんじゃないですかね。」
「アイツの乗ってきた馬は?死んだか?」
「いえ。最初は過呼吸の力士みたいな息で倒れてましたけど、水飲んだらあっという間に回復して今は牝馬にコナかけてます。」
「ほう、そりゃ頭が多少悪いかもしれんがいい馬だ。こっそりウチの老馬と変えとけ、道案内させなきゃならんような事態はしばらくないだろうから。それよりもそのアホ馬を種牡馬に欲しい。」
「そんな無茶な…」
馬鹿話をしているところにブリブリ怒った様子の軽旅装の商人がやってきた。
「大佐ァ……いえ、今は【ご領主】で【男爵様】で【開拓団長】でしたな。
…すぅ(吸気)…私に何の連絡もなしに出発するなんて酷いじゃないですかあああぁッ!あなたはッ、あなたはバルテリンク商会をツブす気ですかあああぁッ!!?」
響き渡る大声に周囲は一度目を向けるが、その発生源がシモンであるのを見るとさっさと食事を再開した。おい、無視すんな。助けろや。団長いじめか。泣くぞ。
「落ち着けシモン。水でも飲むか?」
「水なら!さっき!バーケーツーで、頂戴しました!!本当に、いつ来ても、どこにいても、ここの人たちは乱暴だ!」
それで上半身びっちゃびちゃなのか。よく拭いとけよ?この牧草地は日の入り前ぐらいから急に冷え込むからな。
「……このシモンに何の連絡もなく突然出発するなんておかしいでしょう?あなたにだって利益になることではありませんよ?」
「仕方ないだろう、勅で『出発の日時は一切他言無用。また移動はスピード感をもってスピーディに行え。つかはよ出てけ。』とあったんだから。文句があるなら王宮か宮内省に行け。」
「行きましたとも!兵部省にも!無視されて叩き出されましたけど。」
オマエね、そんなことばっかりやってるといつか本当に権力者から狙われるよ?
「あんまりアタマに来たんで報復代わりに王都での醤油の供給を止めました。わが家のぶんだけを残して、在庫はみーんなエリオット卿を通じて連合王国に売りさばいてやりましたとも!ぼちぼちの大儲けです!……」
……こりゃやっぱり家財没収のうえ一族捕縛・王都追放の未来しかないな。
「何ですか、その『蜥蜴の尻尾を切るなら今しかないな』みたいな顔は!?」
「気にするな、本音が顔に出ただけだ。それよりも用件を聞こうか。オマエが大事な店ほっぽっといて駆けつけたんだ、重要な話なんだろう?」
「そりゃもちろん今後の取引のことに決まってるじゃありませんか!そっちだってこれからお金は必要になるし何かと物入りでしょうに、私なしでどうする気だったんですか?」
「それな!…なーんも考えてなかったわ。オマエの顔見て思い出したくらいだよ。」
「アナタ、それでも本当にあの【中天の普賢】ですか!?【破邪の礎・808連隊】のトップだった人の言う言葉ですか、それが!?」
ぽんぽんうるさいなあ。だけど……
「オマエのことだ。最悪への対策は整えて、儲ける算段してからここへ来たんだろう?」
「ええ、まあ。あと三、四日もすればウチの者……アナタもご存じのクレルモン兄弟が護衛と共にここに到着します。彼らには『ランゲン男爵家御用バルテリンク商会オーバン開拓地諸事取扱』の役をつけましたので、今後はそちらを通していただくことになります。」
クレルモン兄弟?……!ああ、あの兄ちゃんたちか。大抜擢だな。いや、この場合は左遷もしくは島流し?しかしな、勝手に俺んちの御用を名乗るんじゃないよ。やりたい放題か。
「それと、いいかげん私の『遠話通筒』の制限を解除していただけませんか?それさえなければ私だってこんな苦労はせずにすんだんですよ!?」
「あれ、まだ制限かけたままだったか?いや~、すまんすまん。五の姫様たちの解除をしたときに一緒にやったと勘違いしてたわ。いっちなるはやでやっとくから、後でビョルンかカティヤにでも渡しておいてくれ。」
「お願いしますよ、ホントにもう…」
「悪かったって。それよりシモン、そのぶんじゃメシもロクに食ってないんじゃないか?」
「当然でしょう。オークだかゴブリンだかの群れの中を突っ切って馬上で堅パン齧りながらやって来たんですから。」
「んじゃ『食堂』に行って食ってこい。それと兄弟連が来るまでは泊まって休んでいけ。あそこに家が見えるだろう?部屋を用意させとく。」
「はいはい、ご丁寧にありがとうございます。それじゃまた後程…」
ブリブリからぷりぷりくらいまで機嫌を直した商人は、誰に案内されたわけでもないのに食堂のほうへ早足で歩いて行った。よくきく鼻をお持ちですこと。その後姿を見送りながらカティヤがしみじみつぶやく。
「いつも通りでしたね、シモンさん。あの行動力、というか突進力。軍にいたらさぞや立派な突撃隊指揮官になったでしょうに…」
そりゃないな。軍の給料にゃ天井があるから。口ではどんな綺麗ごとを言っても天性の銭ゲバだよ、あいつは。金が絡んでこそだよ。でなきゃ魔獣、盗賊の跋扈する街道をあんな軽装で単騎強行突破しようなどと誰が考える?誰が実行する?誰が成功できる?
「レオン、休憩時間が終わってからでいいから『小屋』にあいつの部屋を用意してやってくれ。それと風呂の用意も。」
「はっ。……団長、今晩は飲みますか?」
「そうだな、あいつ酒には弱いからとっととツブシて大人しくさせとこう。ウイスキーを適当に出してやれ。それとヨッカの耳にそれとなく『今夜は飲むらしい』と入れとけ。アイツならうまくやってくれるだろう。」
「では、そのように準備しておきます。」
「頼む。そんじゃ俺は宿営地整備のほうに戻る。何かあったら笛吹いて呼び出してくれ……」
「団長!」
「何だカティヤ?」
「私たちはもう軍人じゃないんです。そんな猟犬みたいに働き詰めなくてもいいんです。トップはトップらしく、休憩もきちんととってくださらないと下にしめしがつきません。もう少し気楽にやってください。」
おっと一本。お見事。