閑話
クチナワのイシガイさんは、超能力を持っていて、壁越しに生き物を発見することができる。イシガイさんはその能力を使って、僕たちの集落に多くの食料と資材を提供してくれた。
超能力を抜きにしても、イシガイさんの狩りや採集には学ぶべきところが多かった。僕たちは、集落の大人たちに促されて彼の狩りによく同行した。
そして、その最中にそれを見つけたのだ。
その日、エントウを捕まえるという話になって、砂浜へ向かった。
砂浜は赤い海の向こうから沢山のガラクタが流れてくる。打ち寄せられた機械類が無造作に転がっていて少し危険な場所だった。
「ん? なんだあ、あれ」
パイプの溜まっている場所を見つめながら、イシガイさんは素頓狂な声を上げた。
本当におかしな響きだったので、僕たちは吹き出した。
「いや、あんなもの見たことない」
イシガイさんは稀人で、遠い場所から旅をしてきたらしい。
そんなイシガイさんが変だと言うのだから相当に変なのだろう。
僕は好奇心に駆られて駆け出しそうになったが、首根っこを掴まれる。
「こら。得体の知れぬものに、ほいほい近づいちゃいけねえ。おれが見てくるから」
そう言って彼は一人で行ってしまった。
「うわぁ」
彼がパイプの山の中を覗き込むと、彼の引きつった驚嘆が聞こえてきた。
それから何か小声で話しているらしい。
しばらくして、イシガイさんは僕らに向かって
「おーい、先に帰ってくれ!」
と言った。
いつもと違う少し真面目な、芯の通った大人の響きに、僕らは圧倒された。
俄然、興味はあった。だけれど“大人の事情”というやつは決まって何か恐ろしい。
僕は先に村に戻って、父の仕事の手伝いをしていた。父は村で貨物運搬をしていて、甲羅蟲を飼っている。
甲羅蟲の世話は大変だ。甲羅蟲の甲羅の中はモノを納めるにはちょうどいいけれど、放っておくと垢が溜まってしまう。その清掃に僕は頻繁に駆り出されていた。
甲羅の中をブラシで一心に削っていると、蟲小屋に村の大人たちが現れた。
父はなにやら話をしていて、どうやらイシガイさんの見つけた奇妙なものについて話しているらしい。
話の内容はうまく聞こえない。ただ、断片的にだけれど、預言者だとか、背骨だとか、気持ち悪いだとか、そんなような言葉が聞こえた。
「父さん、村の会議に行ってくるからな。残りの掃除もしておいてくれ」
「えー」
甲羅の掃除は非常に面倒くさい。
「ほら、帰ったら菓子をくれてやるから」
「やった!」
「がんばれよ」
父はそう言って出ていってしまった。
甲羅の掃除を終えた後、父が帰って来たのは、夜の遅くなった頃だった。
「すまん。遅くなった」
父はのれんをくぐると、僕へと菓子の入った小包を投げてよこす。ただ、父はいつもの柔らかな瞳をしていなかった。
いつもと違う鋭い目をして、全体を睨めつけている。切れ味のよいその目は不安げに写り、父は束の間、ため息をつく。
「早く寝ろよ」
追い払うようにそう言った。
「うん」
僕だけが寝床について、いつもの天井を見上げている。夜に暗く照らされた天井に、小さく抑えられた両親の声が響く。
「本当に行くの?」
「ああ、長の命だ。従わざるを得ない」
「なんだってそんなことに……」
「……預言者だ。狂気配管まで行けと告げられた」
「………」
母は呟く。
「どうしようもないの?」
「背こうものなら罰せられる。家族ごとだ」
「はぁ……」
長い沈黙が始まった。その沈黙のさなかに、僕は眠ってしまった。
まだ続きます