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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

丑の刻参り

作者: 滝坂 拾

「おや、新八さん久しいねえ。二月ぶりくらいかね。今日はどうしたんだい。」

「ご隠居さんが旅から帰ってきたって聞いてね、あいさつに来ました。体のほうは大事無いですか。」

「さすがに疲れちゃいるが、ぴんぴんしてるよ。いや、心配してくれてありがたいねえ。ささ、お上がり。」

「じゃ、おじゃまして・・・。で、早速ですが、おもしれえ土産話を聞かせてもらえませんか。隠居さんの旅語りはいつ聞いてもなに聞いてもおったまげる物ばかりなんで、またそれが聞けるかと思うと楽しみで楽しみで仕方なかったんでさ。」

「ありがたい申し出だけど、本当は土産話じゃなくて土産物のほうを待ってたんじゃないかい。」

「いやいや、ほんとに話を聞きに来たんですよ。いや、ほんとですよ。で、何をもらえるんで。」

「はいはい、じゃあ、これどうだい。霊験あらたかな神社でいただいたお札で、効果覿面と噂の代物だ。」

「ほうほう、いいですな。何に効くんですかい。」

「夫婦円満、家内安全。」

「ひとりもんの俺になんの嫌味ですか。」

「まあまあ、新八さんにも良縁がきっと来るから、その時にお使いよ。さて、話、話ね・・・。ふむ、良縁があれば悪縁もある。あの話をしよう。」

「よっ、待ってました。」


「ある宿場町に着いたんだがね、町の雰囲気が何というかひりついていて、よそよそしいというか、余所者にかまっちゃいられないという感じだったんだよ。とりあえず宿に落ち着いて、飯盛り女に聞いたところ、前の晩に丑の刻参りが出たんだと。」

「丑の刻参りってえと、あれですかい。女が五寸釘を藁人形に打ち込んで憎いあん畜生を呪い殺すという。」

「呪いに女も男も無いが、こればかりはそう思われてもやむを得んか。新八さんは丑の刻参りについてどこまで知っているんだい。」

「いやあ、藁人形に釘打つくらいしか知らんです。あー、あとは、誰にも知られずに七日七番続けなきゃいかんっつう・・・、あれ、飯盛り女から聞いたんですよね。ということは、しくじっちまったんですかい。」

「そうだなあ、しくじっちまったわけだが、しくじりでは無いんだ。つまるところはしくじるのが落としどころになっちまうんだがな。」

「なに言ってんだかわかんないです。」

「まあまあ、順繰りにいくから我慢して聞いとくれ。では、丑の刻参りを行う姿かたちからいこう。まず白装束を身にまとう。顔におしろいをはたき、首から鏡を吊り下げる。頭に鉄輪を逆さにかぶり、その三本足に蠟燭を灯す。足には一本歯の高下駄を履く。そして藁人形と五寸釘、釘を打ち込む金槌を持つ。こんなところか。あとは口に櫛をくわえたり、腰から一反の白布をたなびかせたりというのもあるらしい。」

「おおう、なんつうかぞくぞくしますな。」

「ときに、新八さんがやってみるとしたら、どうだい、これだけ揃えられるかい。」

「やってみるって・・・、ご隠居さんを呪い殺すんですかい。」

「なんでそこで私が出てくるんだよ。」

「いやだって、いきなり言われるもんだからね。身近な人を出せばわかりやすいかなと。」

「殺したい人で出さないでくれよ。ものの例えだから、そこは誰でもいいんだよ。いいから思いつくだけ言ってごらん。」

「まずは白装束。長持の底にあるはずですがね、だいぶ前の親戚の葬式以来だからすっかり黄ばんじゃっていて黄装束になっちまいますが、いいんですかね。」

「すぐに洗って日干しにしなさい。着物はそれでいいから、次のもの。」

「おしろいは隣の後家さんにお願いするとして、鏡も無いから、これも後家さんにお願いする。次は、ええと、かなわをかぶる・・・。かなわって何でしたっけ。」

「鉄輪は火鉢なんかの中にある、鍋を置く金物の台のことだよ。」

「そんな物かぶったら火傷しちまうじゃないですか。」

「なんで焼かれているものをかぶろうと思うんだよ。冷めているものを逆さにして輪っかを頭にはめる。すると三本の足が天に向かうからそこに蝋燭を灯すんだよ。」

「やっぱり火傷しちまうじゃないですか。」

「いいから、後はどうだい。」

「一本歯の高下駄に五寸釘、そして藁人形。うーん、どうしようか、これも後家さんにお願いするか。」

「なんでもかんでも後家さんに頼っちゃいけませんよ。というか、その後家さんはどれだけ物持ちなんですか。」

「いやしかし、面倒ですな。俺なんかじゃ途中で放り出したくなっちまいます。」

「ふむ、それも有るかもしれませんね・・・。さて、兎にも角にも万事整い、あとは七日七晩の丑三つ時、誰にも気づかれぬよう誰にも覚られぬように神社で藁人形を打つだけ。どうです、新八さんなら上手いことやれますかい。」

「うーん、やってみる、やってみる・・・、後家さんにお願いしてご隠居さんをやってみる・・。」

「だからなんで私を殺そうとするんですか。それに、しれっと後家さんを巻き込むんじゃありません。」

「へへっ、すみません。」

「まったく、あなたはこの話が終わったら後家さんに詫びに行きなさい。どうせ、この調子で日ごろから迷惑のかけどおしなんでしょうから。」

「あー、いや、そもそも、やったらしくじっちまった話をしてたんですよね。ご隠居さんは聞いているんだからそれを教えてくださいよ。」

「・・・そうだな。でもね、最初に言ったとおり私が町に着く前の晩に終わっていたんだよ。そしておそらく私が泊った晩に、その後も終わらされていたのだろう。どれも余所者の私には聞けぬ話だよ。だから実際にあったことを私が知っているわけでは無い。こうだったのだろうという思い付きだ。」


草木も眠る 夜の真夜中 がこんがこんと 下駄駆ける

なんだなんだと 窓開け見れば 蝋燭みっつ 闇に咲く

浮かび上がるは 白の装い 胸で鏡が きらきらり

去りし高下駄 社に消えて 返ってくるのは 槌の歌

生木に五寸も 打ち込むならば 二度や三度じゃ 終わりゃせぬ

こおんこおんと 鳴り響く こおんこおんと 泣き喚く


朝日のぼりて 諸人集い どこのどいつと さんざめく

噂雀が 軒先飛べば 彼方此方の つら拝む

夜を駆け抜け 槌ふり抜いた 青のかんばせ ただ一人

あれが呪いの 鉾先いずこ 知る人ぞ知る 恋の仇

うらみつらみは わかるといえど 狭き巷じゃ 許されぬ

こおんこおんと 鳴り響く こおんこおんと 泣き喚く


「ちょいと、ちょいと待ってください。それじゃあまるで、必ずばれるように仕組まれていたんじゃないですか。」

「そうだよ。誰にも気づかれるよう誰にも覚られるよう、そのために全ての作法がはめ込まれている。」

「なんなんですか、なんでこんな底意地の悪いことさせるんですか。」

「うらみつらみの積もり具合は、はた目にはそうそう見えないものなんだよ。昨日は微笑んで会釈していた奴が、今日は包丁小脇に抱き着いてきたなんてこともある。

 だから、秘め事を表に出したくなる形をこしらえた。出せば叶うと、出せば楽になると思わせた。」

「――――。」

「そしてだ。呪われている奴のほうに、こう伝わるんだ。お前を殺したいほど恨んでいる奴がいるぞ。さしあたり六日はあるから、その間になんとかしろ、と。」

「なんとか。」

「なんとか。」

「どうなったんです。」

「これも飯盛り女から聞いた話だが、この町の神社の裏山の奥の奥、森がぽかりと開けたところに深い深い沼がある。ここには遥か昔からたいそう女好きな蛇神様が住まわれていて、何十年に一度、若い嫁が欲しいと町に降りてくる。嫁いだ女は上げ膳据え膳で可愛がられるので、末永く幸せになるとの言い伝えだ。」

「いやいやいやいや、なんでいきなり話を変えるんですか。丑の刻参りはどうなったんですか。」

「――――。」

「黙ってないで教えてくださいよ。ここまで聞いて終わりは無しっていうのはあんまりにも・・・。あれ、もしかして話は変わっていない・・・。それが終わりなんですか。」

「今も昔も、さほど珍しい話じゃないってことさ。」

「はあああああ。ほんと、おったまげる土産話でした・・・。あともう一つ聞きたいんですが、このお札の出どころってもしかして。」

「確かな霊験だ。そう思わないかい。」




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