9.私のクビが飛んじゃいますよ、ははは
辺りはもう真っ暗になっており、今や月と点在する街灯だけがエンデスへの道しるべとなっていた。本来であれば一面に広がっているであろう綿畑も夜になってしまえば何の風情も生み出さない。
「少し寒い」
10月後半とはいえまだ日中は太陽のおかげで暖かい、だが夜になればその恩恵も無くなり心なしか肌寒くなる。これは早めに冬服を買うべきだろう。去年の使った冬服は旅の邪魔になるから捨ててしまった、ちょっと後悔しているが実際荷物が多く邪魔だったので仕方ない。
うぅ…寒い。エンデスにはまだ着かないのか、どんだけ遠いんだ。
「………あっ!」
目を凝らしてずうっと遠くを見ると幽かに灯る光群が見える。あれはエンデスだ、絶対そうだ。やっと見えてきた、本当に長かった。暗くなってからは面白い物も見つけられないから無駄に移動時間が長く感じさせられた。
少しづつ街灯の感覚が短くなって来て、道も舗装された道路に変わる。やはりエンデスも交通網は開発中だった様だ。もうランダムに車体が跳ねる事も無くなり舗装された道路のありがたさが身に沁みる。
「…あと少し…」
ここまで来ると闇の向こうにぽつぽつと明かりを灯している民家が増えてくる。ようやく常世に戻ってきたかのような安心感だ。先ほどからチラチラと夜道を歩く住民ともすれ違い始めている、今まではこんな事で不安など感じたことが無かった為新鮮な気持ちだ。
「…ちょっと不用心すぎ」
道行く住人達は皆武器を持っている様子が無い。こんな中心地から離れた場所で魔物に襲われれば救援が来る間に相当時間が掛かるだろうに。…いや、そういえば今日はまだ一度も魔物に遭遇していないな…もしかしてここら辺はもうだいぶ駆除されているのだろうか?といってもあいつ等本当にどこからでも湧いて来るのに。
魔物は何処でも現れ生き物を襲う。でも魔物は魔物を襲わない、何故なら彼らは生き物で無いからだ。内臓は無いしコアを破壊するまで永遠に戦い続ける。まぁ根源であるソースコアは私達が潰したから時期に絶滅するだろうけど。
「…ん」
そんな事を考えながら運転していると前方に関所らしき物が見えてくる。そういえば魔人共和国ではすんなり出国出来たが…大丈夫だろうか?不安だがとりあえず関所に立つ警備隊の前まで進み、停車する。
「こんばんは。入国ですか?」
「うん」
警備隊の若い男が私の近くにやってくる。問いに答えると持っていたクリップボードに何か書き込む。そしてすぐにまた新しい質問を始めた。
「身分証明書はありますか?」
「無い」
身分証明書なんて持ってない。私は何処の国にも属して無いし冒険者協会にも登録していない…という訳で持っていないのだ。作るの面倒だし…。
「あー…そうですか。えーとエンデスにご家族かお知り合いはいらっしゃいますか?」
「居ない」
警備兵は困った顔をして、クリップボードと逆の手に持っているペンをあごに当てて悩んでいる。そしてハッとして次の質問をしてくる。
「あ!紹介状とか持ってますか?」
「無い」
警備兵はマジかよ…とでも言いたそうな様子で頭を搔く。なんだか申し訳なくなってきた。でも無い物は無い。許してくれ若人。
「う~ん…困ったなぁ…。お名前教えて頂いても?」
「魔術士です」
警備兵が固まる。一瞬考える素振りを見せた後口を開く。
「あー。あの、職業では無く…本名の方で…」
「無い。私魔術士」
警備兵はとても困っている様子だ。本当にごめん、私に名前は無い。
「くぅ~…困ったなぁ…。ちょっっっと待ってていただいてもいいですか?」
「うん」
警備兵は申し訳なさそうにした後走って関所に隣接している事務所っぽい所に入って行った。
少しの間待機していると上司っぽいおじさんを連れて帰ってきた。
「この子なんですが…」
「どれどれ…」
おじさんはちょっとめんどくさそうにこちらへ向かって歩いて来るが、遠目に私の顔をを見るなり目を丸くして驚いた表情になり、こちらにも聞こえる声量で若い警備兵に話しかける。
「ちょ…!あの人魔術士さんだよ!?」
「え?はい、そう聞きましたけど…」
「違う違う!ほら、あの勇者パーティーの…!!」
「勇者パーティー…え゛ぇ゛!?あの魔術士さんですか!?」
驚く若い警備兵を置き去りにしておじさんがこちらへ顔をキラキラさせながら走ってくる。は、迫力が凄い…。
「魔術士さんお話は伺っております…!世界平和おめでとうございます!」
「…あ…うん」
おじさんは最高にいきいきとした表情でまくし立てるので若干身体がのけぞってしまう。その後直ぐに正気を取り戻した若い警備兵も走り寄って来て謝罪する。
「も、申し訳ございません!まさかあの魔術士さんだとは思わず…!」
「問題ない。むしろ得体の知れない私に親切にしてくれてありがとう」
「いえいえ…!職務ですので…!」
若い警備兵は若干顔を赤らめると関所の車止めをどけて私に話す。
「世界を救った貴女なら大歓迎です!エンデスへようこそ!どうぞお通り下さい!」
「えっと」
そんな感じで大丈夫なのか?ちょっと心配になり上司っぽいおじさんにそう目で訴えかけるとおじさんはやはりキラキラしながら答える。
「大丈夫です!むしろ通さない方が大問題です。私のクビが飛びますよ、だっははは!」
「そ、そう…じゃあお邪魔します」
「楽しんでいって下さいね~!」
魔動二輪車のアクセル捻り関所を抜ける。サイドミラーを覗くと後ろの方で年甲斐もなくはしゃぐおじさんと若い警備兵が楽しそうに話していた。
世界を救った…か。私は勇者について行っただけだからそんな実感は無い。皆には申し訳ないけどどちらかというと世界平和は勇者のついでという認識だ。勇者が好きだから一緒に旅をしていたらいつの間にか世界を平和にしていただけ。
「まぁ…皆がそれでいいなら。それでいっか」