8.帰り道を忘れたの?
ゆっくりと陽が沈んでゆき、辺り一面に広がる白い綿畑が朱色に染まる。木々や所々に点在する街灯の影も伸び行く黄昏時に一人、帰る訳でも無く探す。
私はこの時間があまり好きでは無い。どうしようもなく切ない気持ちになってしまう。ひとりで地平線の向こう側へ行ってしまう夕陽を眺める事しか出来ない…逃げ場の無い無力感に苛まれる。
「…」
もう暫く他人とすれ違って居ない。穏やかで寂しい黄昏時に私一人が取り残されてしまったかの様だ。私がこんなに寂しがりだったなんて思いもしなかった、いつも隣に勇者が居るのがもう当たり前になってしまった。…誰でもいい、誰かこの道を通ってくれないか?
「…!」
誰か、居る。この道の先に、姿がぼやけてはっきり見えないが…そこにいる。たった一人で立ち尽くしている。
何処かへ行きたいのに何処に行ったらいいのか分かっていない…そんな寂しげな姿。ゆっくりと速度を下げ、魔動二輪車を彼の近くに停めて降車せずに話す。
「帰り道を忘れたの?」
辺りを見渡すがここら辺には綿畑しか無い。こういう時にどうすれば良いのか…戦う事だけを考えて来た私には少し難しい。きっとリースなら上手い事やれるんだろうけど。
「…」
…帰り道、か。そんなの何処にあるのだろう、人それぞれ帰る場所は違う。皆何処かへ行っていつか帰って来て……そして帰って来れなくなる人もいる。そんな人達は何処へ帰るのだろう?何を目印にして帰るのだろうか。
あぁ…そうか。
「向こうだよ」
それだけ言って、魔動二輪車のアクセルを軽く捻り長い道のりを進みだす。サイドミラーを見るともうさっきの誰かは居なくなっていた。
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暫く走り続けていると、朱色に染まっていた綿畑は少しづつ藤色になり黄昏時の終わりを告げる。そこでふと先ほどの体験を思い出す。
「帰る場所…か」
不思議な体験をした。勇者と旅をしていた時にもこのような現象に遭遇したことがあったがまさか一人の時にも遭遇するとは思って居なかった。
この世界においてこういう事は極稀にだが実際起こりうる事なのだ、いわゆる怪異現象と呼ばれる物…最新の魔学をもってしても解明できない不可思議な現象。なぜこんな事が起こるのか、誰が起こしているのか、何を伝えたいのか…それを知る者は居なかった。
…けど何かを伝えたいのではと考える者達は多い。何処へ行き、何処へ帰る…あれはきっとそんなメッセージ性のある物だったのではないか。ならば今回のはさしずめ…帰るべき場所を失った私に惹かれて現れた"帰り道の怪"といったところだろう。
「私のは、無くなってしまった」
私は黄昏の彼に帰る場所を指し示すことは出来なかった。でも帰り道は教えられたのだろう、だって私はそれしか知らないのだから。流石の私も知らない事を教える事は出来ない。
でもきっと彼は帰る場所を見つけられたのだろう。私が勇者に帰る場所を見出したように。
「お互い…帰れるといいね」
夕陽が地平線の向こうへ消える。
何処かへ帰っていくように。