6.調理魔道具は専門外だけど…それでも良ければ
魔動二輪車を走らせていると少しずつ景色が変わっていく。先ほどまでは首都に居た為高い建物や新しい建造物が多かったが、10分程移動した今ではもうすっかり田舎だ。建物と建物の感覚が広がり、畑や林が目立ってくる。
「…っ…っ……むぅ」
あと道が少し悪い。魔人共和国はまだ歴史の浅い国だ、首都には綺麗な道路が敷かれているものの田舎まで来ると徐々に素の地面が多くなる。一応この魔動二輪車は悪路も走れるって話だけどちょっと心配だったりする。
「…」
もう2、3年もすればこの辺の田舎にも道路が敷かれると思うけど、そんなに待てる訳無いので魔動二輪車のシートに衝撃吸収魔術を行使する。
「いいね」
良い感じに振動が軽減されている。全く衝撃を感じなくする事も出来るけど、魔力が勿体無いし何より味気ないからそうしない。そういえば昔とてもがたがたした道を馬車で通った時に勇者が振動でふざけていたのを思い出す。
『じじじんどどどどすごごごごごくねねね』
その後編み出したのが試作衝撃吸収魔術だった。でもやっぱり調整をしていなかったからか(なんか違和感すごい)という事で若干不評だった。その後自分にも使ってみたけど一切の振動や衝撃が消え去ってとても居心地が悪かったのを覚えている。今行使している衝撃吸収魔術はそれの調整版である程度の振動は無くすけど小さなものはあえて残すことでその居心地の悪さを改善している。
「あ…そういえば」
ふと起きてから何も食べていない事を思い出す。焦って探してたから宿の朝食を食べ損ねてしまっていたのを忘れていた。何故か普通に食べたつもりでいた。
「お腹空いてないけど」
私は基本小食なのでめんどくさい日とかだと一日一食に甘んじてしまったりしていた。勇者がその事をしった時なんてもう大変だった、その日の夜にビックリするくらい大量の食べ物を出されて吐くかと思った。まぁほとんど勇者が食べたんだけど。
「…」
それからは毎日3食しっかり食べる事を条件にあの狂った量の夕飯を回避したのが懐かしい。
勇者はちゃんとご飯を食べたのだろうか?まぁ食べるの好きだし杞憂だと思うけど。
「…あ」
そんな事を考えながら魔動二輪車を走らせていると弁当屋の看板を見つける。丁度良いのでここで食べて行こう。
看板の矢印通りに脇道に入り少しすると似たような看板のある建物を見つける。魔動二輪車を弁当屋の脇に駐める。弁当屋から香ばしい匂いが漂ってくる、成程これはお腹が空いてくる。
「ごめんください」
「いらっしゃい」
弁当屋の引き戸を開けて中へ入るとふくよかで人の良さそうなおばさんが笑顔で迎えてくれる昼時を少し外れているから他に客は居ない。壁に打ち付けられている板に書かれているメニューを見るにフライドチキンを売りにしている様だ。察するにさっきの香ばしい匂いの正体はフライドチキンなのだろう。
もともとサンドイッチ程度で済ませようと思って居たが…どうやら私はまんまとおばさんの術中にハマっていたみたいだ。
「フライドランチセット1つ」
「はいよ、ありがとうねぇ」
代金をおばさんに支払い店内のカウンター席に座る。厨房のすぐ前の席の為さ先ほどより香ばしい匂いが強く、潜んでいた食欲が刺激される。…この席はやばい。
「ねぇお嬢ちゃん」
「…?なに?」
厨房で調理しているおばさんから突然話しかけられる。何やら少し困っている様子で話を続ける。
「お嬢ちゃん魔術に詳しそうだけど、もし良ければちょっとコレ直せないかしらぁ」
「調理魔道具は専門外だけど…それでも良ければ」
「あらぁ!助かるわ。直せなさそうだったら買いなおすだけだから大丈夫よ」
杖を持っているからかそう判断されたらしい私はおばさんはに手招かれるまま厨房に入る。そしておばさんはフライヤーの前で立ち止まり(これなんだけどねぇ)と困り顔でそういった。故障してるってフライヤーだったのか…2つあるフライヤーの内もう一つは正常に稼働している様なので調理はできるけどお昼時とか忙しい時間は大変だっただろう。
「ちょっと見てみる」
「おばさん魔道具はぜんぜんだから助かるわぁ」
フライヤーをちょっとずらして横にある小さな蓋を開けると魔術回路を見つける。そこまで大量の魔術が掛けられている様子も無いので杖を使わずにフライヤーの魔術式を展開する。
「あらすごい」
「…うーんと…加熱魔術…判定魔術…あぁこれか」
単純で分かりやすくされている魔術式だ。そしてその内一文が明らかに歪んでいる、ちょっと滲んでいるという感じ。そうと解れば後は簡単だ、そこを修正すればいい。魔術式に無理やり介入して歪みを訂正する。
「よし…一度起動してみて」
「どれどれ…」
おばさんが電源スイッチに触れて魔力を流すとフライヤーはぶーんと音を立てて起動する。どうやらちゃんと動いてくれたようだ。
「あらあらあらぁ!すごいわぁありがとうねぇ!」
「動いて良かった」
内心ほっとする。私は戦闘系魔術専門の魔術士だから正直不安だった。このフライヤーを作った魔道具屋が分かりやすい魔術式で構成してくれていて良かった。もしかしてこういう風に買った客が自分でも治せるように分かりやすい魔術式で…?流石プロだ、と感心する。
「助かったわぁ。もうお嬢ちゃんのランチ出来るから待っててね」
「うん」
カウンター席に戻って座る。
実は先ほど魔術式を訂正した時ついでに少しだけ手を加えた。あのフライヤーが故障した原因は恐らく使用者の魔力過多によるオーバーヒートだ。魔道具は許容できる魔力以上の魔力を流すと魔術回路の魔術式が歪んでしまう事がある。だから余剰魔力をカットする為に魔術式を少し書き換えた。ちなみにこの技術は勇者がよく魔道具を爆発させるのでそれを直している内に身に着いたものだったりする。
「はいよ、おまたせ」
「あれ…これ」
おばさんがフライドチキンセットをカウンターに運んでくるが、明らかに量が多い。その事を視線で訴えかけるとおばさんはにっこり笑う。
「お礼だよぉ、沢山食べとくれ」
「えと…あり、がとう」
うそ…でしょ…本来の量の二倍はある気がする…無理だ…絶対食べきれない。でもおばさんのこの笑顔、とてもじゃないが断れる雰囲気じゃない。
「あぁ、食べきれない分は弁当箱に入れてあげるから持っていきな」
「あ、あぁ…成程、ありがとう」
お礼を伝えるとおばさんはまたにっこりとほほ笑み厨房へ戻っていく。助かった…初めから全部食べられるとは思って居なかった様だ。…おかげで夕飯もフライドチキンになりそうな気がするけど。
「いただきます。はむ…」
揚げたてあつあつのフライドチキンにかじりつくと、カリっとしてスパイシーな衣の中にある鶏肉から肉汁と共に旨味が口の中を支配する。これは…おいしい…!勇者とか絶対好きだと思う。
「…!」
解放された食欲の赴くがままにフライドチキンにかじりついていると少し喉が渇いて来る。そこでセットについて来たドリンクを飲む。
「むぅ…!?」
口の中がっしゅわしゅわする…!?これは"炭酸飲料!?"旅の途中、勇者に勧められて飲んだことがあるけど…まさか…もう結構普及しつつあると言うの…!?はじける炭酸の爽快感が口の中の肉汁を激しく軽やかに流し込んでいく感覚…!"炭酸飲料"が勇者と旅をしている間にここまで伝わってきているなんて…!
「~~~!」
思わず頬が緩んでしまう。そしてまたフライドチキンにかぶりつく…!これは無限回廊に陥ってしまったのかも知れない…!そこでふと思い出す、もう一品ある事を。私は恐る恐る揚げただけのイモ…つまりはフライドポテトをつまみ口へ運ぶ。
「っ!?」
サクッ!それだけだ、ただ…それだけ…なのに!止まらない…!カリっと香ばしく揚げたイモ、それ以下でもそれ以上でも無い…筈なのに…何故こんなにもおいしいのか…!それだけに…もう結構お腹がいっぱいになってきている事が悔やまれる…。あまり食べ過ぎてもこの後に支障が出てしまうのだ、…だが残念に思うことは無い。
「おばさん」
「はいよ、お持ち帰りね」
おばさんは察してくれたのか私が残した食材を弁当箱に詰め始める。詰めてくれている内に自分へ洗浄魔術を行使する。洗浄魔術は生活魔術において三種の神術と呼ばれる程必須の魔術だ。効果は単純で、排泄後の汚れや全身の汚れ…まぁとにかく全部を除去して綺麗にするといった術だ。
…私は自分の身体をだいぶいじったから排泄や老廃物が全く出なくなってしまっているのでこういう時にしか洗浄魔術を行使する機会が無い。
「待たせたねぇ。はいどうぞ」
「ありがとう」
戦いの為に無くした身体機能の事を考えているとおばさんが袋に入った弁当箱を手渡してくる。それを受け取って店を後にする。
「ご馳走様でした」
「フライヤーありがとうねぇまた来とくれ!」
おばさんに軽く会釈して駐めておいた魔動二輪車に戻りお弁当箱に状態維持魔術を行使する。これで夜食べるときにもあつあつだ。ついでに大杖も魔動二輪車に括り付ける、さっき運転してるときに思ったが背中に背負って居ると時々頭に当たって地味に痛いのだ。
「これでよし、いこう」
エンデスまでまだまだ距離はある、宿が無ければ野宿になるがいつもの事なので特に問題は無い。とにかく今は目的地へ行こう、そこに勇者が居ると信じて。