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考古学博物館への招待状  作者: はるかい
1C.太陽みたいな少女と不思議なブドウ
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【第3章 考古学者ランキング】 13.『unknown』

 セント・エビリオンの夜は、街灯と民家の窓から漏れる明かりによりほのかに照らされていた。ホテルは、ここ市役所の建っている町から二つ隣の地区にあるらしい。

 建物の作りがどの家も似ているためにどこの景色も同じような気がしてくる。おまけに夜は視界が悪いときている。小道に一旦入ってしまうとすぐに方角が分からなくなるのでなるべく大きな通りを歩いてホテルへと向かう必要があった。


 そういえばお腹が減っているなとようやく気がついたのは歩き始めてから三十分過ぎてからのことだった。ホテルはもうすぐそこだ。


 寿美香が食べ物を買おうと提案する。夜になるとすぐに閉まってしまう店が多いのはやはり田舎といったところ。もちろんコンビニなんて便利なもの、この町には無い。近くでまだ明かりが灯っているのは小さなディスカウントショップの一軒だけだ。二人は、何も無いよりはましだと店の中へ入ってみることにした。


 店内は思ったよりも広く他のお客もちらほらいるようだ。日本のコンビニとまではいかないものの、シンプルなサンドイッチからお菓子、飲料水が置いてあり、日用品も少なからずあった。ただ、商品が種類ごとに配置されておらずばらばらのため非常に探しづらい。りんごの隣にベーコンがあったりする。


 水奈は早速、食料品コーナーへと足を運ぶ。美味しそうな物を手当たり次第に買い物カゴへと入れてしまいたい衝動にかられた。しかし、お金は寿美香が持っているため、それは無理なことだった。

 水奈は、隣に彼女がいないことに気がついた。


 寿美香は雑誌コーナーにいた。雑誌を手にとり、動かないでいた。

「何を読んでるの?」

 水奈は後ろから雑誌を覗き込んだ。開いているページには、畑の写真が大きく掲載されていた。はて、と。水奈は、その光景を最近見た覚えがした。おまけに、他にも違和感を覚えた。

「あれ? 日本語で書かれてる」

 その言葉でようやく寿美香が後ろを振り返る。すると、寿美香は水奈の肩に勢いよく手を置いた。

「やったわ、ほらほら!」

 水奈は雑誌を手渡されたので早速読んでみた。


『このセント・エビリオンは、フランス南西部の中でも最も有名なワイン畑を有する町です。中世から残る城壁とベージュ色に統一された美しい町並みが町の魅力となっています。観光にはあまり力を入れておらず、閉鎖的な面を持っているのも特徴としてあげられます。

 そんな町に後を絶たないある噂があります。それは、食べると不思議な効果があると言われているブドウの存在です。

 『unknown』が七ヶ月連続でお贈りする、女の世界七大武器のうちの一つがこちらです。気になるその効果ですが、それはこの記事の最後でお話をしたいと思います。

 噂には続きがあります。そのブドウが成る木は、一本のみ。しかも一年で一房しか実が成らないブドウだそうです。どれだけそれが希少な代物かお分かりいただけたでしょうか。ではその木がどこに生えているのか、それが最大の謎なのです。今回、『unknown』の記者が調査に当たりましたが、残念ながら場所の判明までには至りませんでした。

 町の人たちに聞き込みをしたところ、この件に関して皆固く口を閉ざしたままでした。ブドウの木は住民の全員で監視している。唯一入手できた情報はこれだけでした。

 この町に三日間滞在していた中で、閉鎖的なところを別にしたとしても、町全体がブドウの件に関しては特に塞ぎ込んでいる、そんなただならぬ印象を受けました。それは同時に、ブドウが実在しているということを証明しているのではないでしょうか。そう私たちは感じました。

 近い将来、できれば私たちの手でブドウの存在、そしてその在りかを突き止められるはずだということを確信しています。

 さて、お待ちかね、肝心のぶどうの効果についてですが、…………』


 水奈は読み終わると寿美香が喜んでいる理由を理解した。

「これは重要な手がかりだね!」

「でしょでしょ!」

「でも寿美香はこの記事を日本で読んでからここに来たんだよね?」

 寿美香は照れながらその質問に答える。

「いやー、記事の最後に胸の話が出てきたからそれまでの内容がすっかり抜けちゃって、あははー」

「ふふっ、寿美香らしいね。それでその後すぐに日本を飛び出したってこと?」

「そう。思い立ったらすぐ行動、だから!」

 誰かも同じことを言っていた。つくづく私の家族に似ているなと水奈は思い、困り顔をする。

 ここで水奈は、先ほどの違和感を思い出す。

「でもさ、なんでこんなところに日本語版の『unknown』が置いてあるんだろう? 需要なんて無いだろうに」

「さあ~。あたしはフランス語版でも問題なかったけど。会話だけじゃなく読み書きもできるの」

 得意げに胸を張ってみせる寿美香。胸が無いので張るという表現はいかがなものだろうと疑問に思ったが、そんな危うい考えは口に出さないでおく水奈だった。


 結局、疲れていることもあって、水奈の疑問はそのままお流れとなった。

 二人はとりあえず本来の目的である食べ物と飲み物を適当に取り、次々とカゴへ入れていく。水奈はご満悦のようだ。ひとしきりカゴがいっぱいになったところでレジへと向かった。


 商品がたくさん入った重たいビニール袋を嬉しそうに持ちながら水奈が店から出てきた。その後を追うように雑誌を一冊持った寿美香も出てくる。外は真っ暗だったが、二人の気分はやけに明るくなっていた。お互い理由は違えど、まったく元気なことだった。


 海外を訪れた旅行者というものは、急な環境の変化やコミュニケーションの難しさ、食べ物が合わなかったりとせっかくの旅行中でも落ち込んでしまうことはそう珍しくはないはずなのに。二人は異常なほどタフだったのだ。


 ホテルは五階建て、特に飾り立てのないシンプルな外観をしていた。

 慣れたようにフロントのボーイにルームキーを貰う寿美香。二人は、いそいそとエレベーターへ向かった。

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