始まりの町ブルム07
ドンドンドンって扉を叩く音が聞こえる…。何~?まだ日が昇ったばかりじゃない?
ドンドンドンドンドンってはいはい今出ますよ~。
「おねーさん!おねーさん!魔物が町まで襲いに来ているみたいです!勧告が出ていますよ!他の人はうちの地下に避難していますから、おねーさんも早く!」
宿屋の受付している女の子だ。まだ小学生くらいなのに偉いししっかりしているよね~。え?寝ぼけていないで早く準備しろって?そんなこと言われても、荷物は全部収納魔法の中に仕舞ってるから準備することなんてないんだよね。
そもそも勧告って何さ?私が質問すると何でそんなことも知らないの?っていう顔をしながら説明してくれた。
「勧告は魔物が町に向かって来ている時に鳴る鐘の音です。ほら?カンカンって音が聞こえますよね?この音が聞こえる時は原則外出禁止で、戦える人は冒険者ギルドか兵士の詰所に行って迎撃に備えます。もし町に侵入された場合に備えて、それぞれの家には身を隠すスペースがあるんです。そして、町を放棄する場合に備えて最低限の物資が置いてあるんですよ。この音が聞こえた時にはそこに一時避難するようにって子供の頃から教えてもらうんです」
女の子の言う通り、外からはずっとカンカンという音が絶え間なく鳴っているね。これ手動なのかな?もしそうなら鳴らす人も大変だ。たぶん魔道具だろうけどね。そして、さすがは魔物が跋扈する世界というか、今回のような緊急時の対応マニュアルがしっかりしていて教育もされているんだね。感心感心。
でも、外の状況が気になるし、私も冒険者だから一度冒険者ギルドまで顔を出しに行こうかな。私がそう受付の女の子に言うと、危ないから外に出ちゃダメだと必死に懇願されたけど、それを振り切って宿屋の外に出た。皆この音を聞いて建物の中に隠れているんだろう。普段は活気に満ち溢れている通りは全く人が居ないね。とにかく今は情報を集めるのが先決、早くギルドまで行こうか。
…
……
………
冒険者ギルドに到着すると、建物の中はあちこちから怒号が飛び交っていて混沌としていた。ざわめいているロビーを歩いているとやたらと視線を感じる。なんでだろうと思いながらロビーを見回っていると、忙しそうに他の職員と話しているキララさんを見付けた。忙しそうでちょっと気が引けるけど、知っている人の方が話しやすいから声を掛ける。すると、すぐに私の声に反応してキララさんが振り返るととても驚いた顔をした。
「え、ユーリさん!?何で外に出ているんですか!?新米のGランク冒険者に出番はありませんよ。万が一に備えてすぐに宿屋まで帰って下さい!」
私が今はどういう状況なのか知りたいとお願いすると、キララさんは「説明を聞いたら避難してくださいね?」と言いながら渋々教えてくれた。
なんでも数時間前にオークキング及びオークの大規模な群れの討伐隊が夜間強襲をするために町を出ていったらしいんだけど、オークの群れの別動隊がその隙に町を襲いに来たらしい。数は分かっているだけで100を超えるくらいだって。
「フリードさん達も早ければもうこちらに向かって来ているはずです。現状の戦力ではいつ町の中までオークが入って来るか分かりません。ですから、まだ入ってきていない今のうちに避難してください」
今町の中にいる冒険者はG~EランクばかりでDランクと兵士達は外で戦闘しているらしい。オーク単体はEランクの討伐対象らしいんだけど、ソロで倒すにはⅮランクくらいの腕とレベルがないと厳しいらしい。その為の戦力のほとんどを討伐隊に回した今は、僅かに残ったⅮランクの冒険者と普段は町の治安をしている兵士に防衛を任せるしかないみたい。でも、兵士達はどちらかというと対人能力の方が高いし、この規模の町ではそこまで強い人は配属されていなからあまり期待できないようだね。
あ、そんなこんなと話しているうちに、ギルドの建物すぐ近くから索敵魔法に反応あり。残念ながら、既にオークが町に入って来ていたみたい。
町の中からもあちこちから戦っている音が聞こえて初めて来た。町の侵入に気付いた兵士や、一部の外に出ていた冒険者が対応しているみたい。その音に気付いたキララさんが険しい目つきになった。
「もう町中まで入ってきましたか。これでは今から避難も難しいですね。この建物には避難用のスペースもありませんし…。仕方ありません。良いですか?ユーリさんは絶対に外に出ない様してロビーの端で大人しくしていて下さい。ギルドの中ならば私達が居ますから普通のオークぐらいならばそう簡単にはやられません」
そう言い残してキララさんは騒いでいる冒険者達の対応に向かっていった。あ、よく見るとロビーの入り口近くに筋肉の人も居るね。あの人ギルドマスターだったんだ。肉厚の大きい剣持っているけどそれ絶対に室内用じゃないよね?ここで振り回さないでよ?
そんなことを考えていた時、突如ギルドの扉が轟音を立てて壊された。2メートルを超える大きな体躯と豚っぽい顔。オークだ。騒がしくしているから引き寄せられてきたみたい。この建物は町の結構中心に近いんだけど、かなり侵入されたみたいだね。ひょっとしたら、100どころじゃないもっと多くのオークが押し寄せたのかも。
オークが顔をぐるりとして室内を見渡すと、私に視線が泊まってニタァって笑った。あ、これゴブリンくんと似たものを感じる。そして、オークが雄叫びを上げて私に向かって突っ込もうとしたところを、ギルドマスターの筋肉さんが明らかに室内用じゃない大きな剣でオークを吹き飛ばすように斬り、オークはそのまま建物の外まで吹き飛んでいった。あ、近くにいた冒険者が青い顔をしながら尻餅ついてる。剣がギリギリの位置通ったからね。だから室内で振り回すなと言ったのに。
ついでに鑑定でオークでも視てみようか。どれくらい強いんだろう?
〈種族〉オーク
〈ステータス〉
レベル 8
HP 17/158
MP 0/0
攻撃力 95(+15)
防御力 52
魔力 0
精神力 14
素早さ 10
知力 10
器用 15
魅力 1
運 5
〈スキル〉
【強靭】
【強靭】…物理攻撃によるダメージを10%軽減する。
やっぱりゴブリンとは比較にならない強さだね。ステータスを見るに、一般の冒険者では最低でもレベルが10は超えていないとまともに戦えないかもね。ギルドマスターさんはレベルが20あるけど、それでも一撃で倒せなかったし。しかし、あの筋肉は伊達では無かったんだね。
まだ生きているから注意しないと。私が筋肉さんにオークの息がまだあることを伝えると筋肉さんは大きな剣をナイフのように軽々と扱って、サクッとオークの首を跳ねた。これで大丈夫だね。
筋肉さんはこのまま町を回って侵入してきたオークと戦ってくるらしい。ギルド職員が追加で2人筋肉さんと一緒に行ってしまった。
「ユーリさん、フードを被って部屋の隅に移動して下さい。ギルドマスターも動いたので、この近くにオークが来ることは無いと思いますが、もし来たら真っ先に狙われて危険ですから」
キララさんに言われて気付いたよ!私、フードしてなかった。顔ばっちりみんなに見られたじゃん!?今まで隠していた苦労が水の泡だよ!慌ててフードを目深に被るけどもう無駄だよね。どうりで妙に視線を感じると思ったよ。そして、言われた通りにロビー奥の端の影まで移動したよ。私は素直な子だからね。
それからしばらく待っていると、ギルドマスターが動いて事態が終わりに向かうかと思いきや、もっと厄介な事態になってきたみたい。
それというのも、町を回っていたはずのギルドマスターさんと一緒についていった2人職員さんがボロボロになって帰って来た。慌てて治療できる職員さんが魔法で治療を始めると、その間に筋肉さんが神妙な顔で報告を始める。
「オークジェネラルとその取り巻きが居た。すでに何人もあいつにやられているようだ」
冒険者達がざわざわとし始めた。中にはもう終わりだと泣いている女性冒険者もいる。そんなに強いのかな?オークジェネラル。レベル20越えのギルドマスターがこの有り様と考えると、強いのか。
いや、まぁ、私が戦えば無傷で敵を倒せるんだけど、それはちょっと違うと思うんだよね。私は異世界人でたまたまこの近くに転移させられてきただけだから、本来この場に居合わせていない人間なんだよ。だから、こういうイベントは出来るだけこの世界の人に頑張って貰わないとね。もちろん、私が狙われて私が襲われた場合は別だけど。正当防衛だよ。
あ、オークジェネラルが来たっぽい。ギルドマスターさんの血の臭いでもたどってきたのかな。まだ治療中のギルドマスターさんが武器を持って立ち上がった。キララさんを含める他のギルド職員も総出で武器を構えた。冒険者達の中にも震える手で武器を構えている人が居る。
そんな中、ギルドの壊された入り口にさっきのオークよりも二回りくらい大きい体をしたオークが現れた。持っているこん棒も石で出来ていて、なんと魔物の皮っぽい鎧を着ている。
「こんの豚がぁぁあああ!死ねぇぇええええ!!」
明らかにさっきのオークなんかとは格が違うのが分かるのに、馬鹿な冒険者が1人で斧を上段に構えて突っ込んでいった。あ、オークジェネラルがてきとーに振ったこん棒に潰された。えっとHPは…死んだね。
オークジェネラルの取り巻きにオークウィザードが2体か。成長の仕方によっては魔法も使うんだね。人型の魔物は武器や防具も使えるし、ゴブリンならともかく、オークの体は人間以上の力強さを持つから、後衛と前衛の連携までされるとちょっと厄介だね。せっかくだし、オークジェネラルとオークウィザードのステータスも見てみよう。
〈種族〉オークジェネラル
〈ステータス〉
レベル 24
HP 914/970
MP 0/0
攻撃力 239(+30)
防御力 185
魔力 0
精神力 35
素早さ 52
知力 36
器用 41
魅力 1
運 5
〈スキル〉
【強靭】【自然治癒レベル1】【剛力レベル4】【強固レベル3】【棒術レベル4】
〈種族〉オークウィザード
〈ステータス〉
レベル 15
HP 310/310
MP 67/120
攻撃力 135(+10)
防御力 88
魔力 80
精神力 27
素早さ 12
知力 30
器用 16
魅力 1
運 5
〈スキル〉
【強靭】【炎魔法レベル2】【光魔法レベル1】
おおう。強いね~。ウィザードはともかく、ジェネラルを倒すのは筋肉さんが居たとしてもかなり厳しいかも。ちなみに、私は【隠蔽】スキルを使って言われた通り端っこから現場を見守っているよ。がんばれ~。
「ぐぉぉおおおお!!」
「ギルドマスターを援護しろ!」
「後衛の遠距離攻撃が出来る奴はウィザードを狙え!」
「ギルドマスターに支援魔法と回復魔法を全力でかけろ!!あの人以外で抑えられる人はこの場に居ないぞ!」
「盾職はギルドマスターが押された時に攻撃に割り込め!レベルの低い奴は死にたくなかったら後ろで待機してろ!」
ギルドマスターの咆哮と共にギルド職員があちこちに指示を飛ばしながら援護に入った。その判断は正しい。恐らくは、ジェネラルの攻撃に耐えられるのはギルドマスターかギルド職員の盾を構えている数人だけだから。それも、どこまで持つかわからないけど。
戦闘が始まって数分後…死屍累々です。最初は拮抗していたけど、ウィザードとジェネラルの攻撃がギルドマスターに集中した瞬間に一気に体制が崩れた。盾役のギルド職員もあっという間に吹き飛ばされてしまい、後方支援していたギルド職員にまでジェネラルが肉薄した時点で勝敗が決した。
冒険者達も体制を立て直す時間を稼ごうと戦いに参加したけど、30人くらいこの建物に集まっていた冒険者達はあっと言う間に半分まで減って、結局、ギルド職員も数人殺されてしまった。ただし、女性だけは殺されていないみたい。たぶん後で、死んだ方がマシなことをされるのだろうけどね。あ、冒険者の女性が1人自害した。ある意味懸命な判断かも。
混乱を極める室内の中をぼーっと観察していると、オークウィザードのファイアーボールが私の近くにいた冒険者達に向かって飛んできた。その様子もぼーっと見ていたら慌てて避けた冒険者達にぶつかって体勢を崩してしまう。あ、まず、【隠蔽】スキル解けちゃった。体勢を崩したせいでフードも取れてしまった。せっかく被ったのに!
ゆっくりと顔を上げると、オークが3体私を見てニヤっとした。あ、はい。魅了は高いですが容姿は普通ですよ?オークの視線に気付いたキララさんが、怪我をした体のまま慌てて私の前まで移動して魔法で攻撃するけど、ジェネラルはダメージを気にせずにそのまま私に向かって来た。あ~もう、やっぱりこうなっちゃったか。
さすがに私が襲われそうになって、そのついでにキララさんも襲われるというのは看過出来ないね。というわけで、自分自身への言い訳が出来たから、参戦します。
一昨日作った刀を手元に取り出して、一瞬で向かってくるジェネラルの前まで移動すると、そのまま居合抜きで首をサクッとはねて、そのまま流れるような動きでオークウィザードの首もはねた。倒すのに掛かった時間はほんの数秒。あっけないね。3体のオークの死体を収納に仕舞った。
「え?」
キララさんが呆然とした顔で私を見ていた。いや、この場にいるみんなの視線が私に向いていた。
き、気まずいなぁ…。
別に私は目の前で人が死んでなにも思わなかったわけじゃない。頭の中では助けに行こうか散々迷ったよ。でも、私は手を出さなかった。私が居なければ起きていたであろう事を可能な限りそのままにしておきたかった。その為に、助けたいという心を私の高い精神力のステータスで抑え込んだ。
この考えを理解してほしいとかは思っていない。だって、私と同じ境遇の人なんてこの場には居ないのだから。
でも、結局は手を出して、私がここで起きたであろう悲劇の結末を変えてしまった。私がこの世界に来て存在している限り、干渉しないのは不可能だし、その影響でまた未来が変わることだって沢山あると思う、だから今更な感じもするんだけどね。それでも、私は『この世界そのもの』が見たいから。都合の良いものばかりじゃない。そのものの姿を。ま、拘りというかエゴのようなものだね。
さて、考え事はこれまでにしようか。この空気に晒されるのも気まずいからね。私はたくさんの視線から背を向けて無言のまま建物の外に出た。遠くを歩いていたオークが私に気付いて走ってきたから風の魔法で首をはねる。死体は収納に仕舞っちゃおう。
そのまま町を歩きながら、襲って来たオークをサクッ、ポイッてしていると、ボロボロになっている門まで辿り着いた。まだたくさんの人が戦っているみたい。血だらけになって、必死に。この町を守るために命を懸けて。
じゃあ私は?知り合いになった人は居るけど別に命を懸けるほどの仲じゃない。私にはこの町のために戦う理由は無いよ。いや、ちょっと違うかな。私はこの世界の人の為に戦うつもりは無いの。だね。
私に向かってきたオークの首を居合ではねる。死体は収納へポイッ。私は私の身を守るためになら戦うよ。武器や防具を作って自分を強化したのもそのためだからね。うーん、これはこれで、私が敵を引き付けて殲滅しているような気がするけど…これは正当防衛だからノーカンってことで!
さてと、この混乱に乗じてこの町から去った方が良いかも。こんなことをしちゃった以上いろいろと追及されそうだし、そういうの面倒だし。
宿屋の代金払いっぱなしだけど、まあいっか。オークの死体を解体して売ればお金になるしね。よし!じゃあ出発だ!
というわけで、襲い掛かってくるオークの首をぽんぽんはねながら街道を歩いて町から離れていく。なんか後ろが騒がしいけど、たぶんもう二度と来ない町だから気にしない。あ、でも世界一週したらまた来るかも。何年後、いや、何十年後になるかわからないけどね。
地球からこの異世界に来て初めての町、初めての人、そして、初めての旅立ち。さようなら。私にとっての『始まりの町』。